あおいぽりばけつ
普通の恋人は、彼氏がお金を出すと聞いて驚いた。
それか割り勘と聞いて、また驚いた。

いつだって財布は私が開く。使い古した大好きなブランドの財布。
レジはいつも私が並ぶ。会計時にそそくさと店の外へ向かう女性達を眺めながら。
ラブホテルの自動精算機の使い方だって、目を閉じていても完璧にこなせそうだ。

それでも、私は、幸せなのだ。

毎月通帳を眺めて、財布の中を見て、溜息をついたって、私は誰よりも、幸せ。きっと幸せ。

「陸食べん?」

運ばれた料理を取り皿に取り分けて差し出した。ジョッキを持ち、ちびりちびりと呑む陸は、絵になる。

「ん」

この席に笑みはない。それでもどの席よりも幸せに満ち溢れているのだと自分を煽てる。
これと言った会話もなく、ふたつの咀嚼音がぽつぽつ聞こえる度に味覚が鈍っていく。間を持たせようと頭に浮かんだ疑問をぶつけた。

「陸の好きな物って何があるん?」

「好きなもん?」

「そう、ご飯でも良いし、趣味でもなんでも」

私が口にアツアツのフライドポテトを運びながら問うと陸は少し黙って口を開いた。

「バレー」

短い言葉に、あの頃の記憶が舞い上がる。

「陸の‪バレーしとる所、凄い綺麗だった。ねぇ、今はやってないの?」

また見たいと思っていた。
空高く跳び、鋭い音を奏でボールを打つ姿を。
夏の夜に見た胸を焦がした陸の姿が堪らなく好きだったのだ。

「また見たいなぁ」

思い出し、うっとりとした顔を見せるとドンッと鈍い音を立てて陸がジョッキを机に叩きつけた。
その音に驚き戸惑う私に、苛立った顔を見せて陸がぽつりと零した。

「……バレーはもう出来ん」

「えっ……なんで」

ぴんと張り詰めた空気に、身動きが取れなくなった私が押し黙ると拾いにくい小さな声で話し出す。
陸の言葉はいつだって小さくて、取り零してしまいそうになる。

「ほんまは推薦で大学行くん決まっとったんじゃ。……やけど怪我して諦めた。そんだけや」

「ごめんなさい……知らなかったから」

重い空気がのしかかる。噛み損ねたフライドポテトが気持ち悪い。形が残るそれを無理やり飲み込んで無言。今日はこれでお開きだろう。陸の機嫌を損ねてしまった愚かな自分を恨んでしまいそうだ。

「……お前が謝る事やないやろ。怒ってない。すまん」

ぐっと飲み干したジョッキは汗も引いてきっとぬるかっただろう。
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