あおいぽりばけつ
悲しいとか、辛いとか、そんな一言では言い表せない気持ちが私を襲う。そのせいか、涙が止まらない。
人も疎らな裏路地まで走り抜け、ゆっくりと手を引かれて歩きながら腕で頬を拭っていると陸が立ち止まり振り向いた。
私の手から靴を抜き取り、そっと地面に置いて陸が言いにくそうに話しかけてきた。

「痛ぁないか?」

滅多に合わない視線が絡み付いて痛い。言葉が上手く出なくて首を振れば眉を寄せて陸が項垂れた。
気性が荒いとか、冷めているとか。私は陸という人間性を何一つ知らなかったのかと悲しくなった。そしてまた新たに見た陸の一面に心が怯えてしまう。

「悪気はなかった……」

その一言は、魔法の言葉だとつくづく思う。

悪気が無い、と言い切られれば責められない。ぐっと言葉を噛み殺して頷けば首筋に手を添えられた。
それに驚き身体が跳ねると、また、見たことの無い悲しそうな顔を浮かべるから涙がとめどなく溢れて仕方ない。

中途半端に優しくされれば麻痺した思考回路は余計に働かなくなる。陸が何を思い、高柳さんに手を出したのか。何故今、優しくするのか。

私は、陸の何なのか。

分からなくなる。

「ワシが怖いんやろ……戻ってもええんやぞ」

喧騒に紛れさせた陸の言葉に、口がへの字に曲がりそうになった。
どうしていつもそうやって私を雁字搦めにしてしまうのか。そんな事を言われてしまったら余計に離れられないじゃないか。

いつも先へ先へと歩くのに、いつも私を見てくれないのに、いつもそんな悲しそうな顔なんてしないのに。どうしてそんなに縋るような顔を見せるのか。

「陸、……陸好きだよ、怖くなんてないよ。誰よりも、世界で一番、大好きだから。陸が優しいのも知ってる。だってさっき、荷物拾ってくれた」

縺れる呂律で薄っぺらな愛を叫んで、私は欠けた何かを埋める。

陸の今を、陸の全てを、私が受け止めてやれるなら、喜んで受け止めてあげる。例え身体がボロボロになったって、心が千切れてしまったって、私が全て、受け止めてあげる。

血のついた拳に唇を寄せてそっと抱き締めた陸の身体は、微かに震えていた。

「私が、全部受け止めてあげるから、だからそんな顔しないで。陸にそんな顔は似合わないよ」

例え自分の名前を見失ったって、自然に笑えなくったって、毎月通帳を見て胃が痛んだって構わない。私の世界の真ん中にいる陸が薄く笑っていてくれるならそれで構わない。

「すまん、すまんかった」

私の腕の中でそう小さく呟き続ける陸が、堪らなく愛おしく思えた。同時に出口のない海に沈み、沈み、底まで沈み、もう息は絶え絶え。だけどそんな事に気が付くはずも無く今日もハリボテの城へと二人歩く。

「ねぇ陸、陸……大好きだよ、だから笑って」

淡い紫のライトに浮かぶ私の言葉は虚しくベッドに真っ逆さま。跳ねて床へと転がり落ちて、朝が来たら踏み潰される。

それでも、愛していると心から思っていたから、踏み潰された私の愛の言葉から目を逸らしていた。
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