あおいぽりばけつ
赤い実を咀嚼する口が止まらない。いつの間にか吐き出した種がゴミ箱替わりの青いポリバケツに溜まり始めた。

シーツの皺をひとつふたつと数えて溜息。
私のヘアゴムを我が物顔で奪う姿を見上げて艶がかった息。

「ねぇ……嘘でいいから好きって言って……」

打ち付けられて漏れる吐息に混じらせて懇願すれば、欲しかった言葉の代わりに舌打ちが返事する。

「……嘘だよ……好きじゃないのに、好きなんて言えんよね」

そして打ち消して、また藍色の吐息を零した。

「ヤリよる時に萎える事言うなや」

事後、ホテルのベッドから立ち上がり陸が言い放つ。いつもなら、息をするように「ごめん」と三文字が転がり出るはずなのに、今日は違った。

「こっちだって……こっちだってこんなん萎えるわ」

「……あぁ?」

陸がヤリたい時に会おうと言ったのは私だ。
だけどいつの間にか欲張りになっていた。嫌われたくなくて陸の言うことを聞いてきた。いつか、私の我儘を聞いてくれるだろうと汚い考えを隠して。
それが爆発してしまえば、理不尽な言葉がボロボロと出て困る。

「都合のええ女で良い言うたんはテメェやろうが」

「でもっ………でもこんなん全然楽しくない」

貰ってから片時も外さなかったピアスは肌に合わなくて痛みの原因。
頭に血が上り、耳が痛い。掻けずに耳朶を抓り喚く。

「私はっ……私はもっと陸の近くに行きたい。付き合えんくても、もっと側におりたい。心が遠くて、寂しい」

投げ散らかしたバスローブを陸目掛けて投げ付けた。
避ける素振りもせずに、バスローブは陸の左肩にはらりと弧を描き落ちる。

「………好きにならんでいいけん、もっと優しくしてよ……こんなん私の心が死んでしまう」

使ったゴムはどれくらいだろう。
使ったお金はどれくらいだろう。
流した涙はペットボトル何本分だろう。
出た精子はペットボトル何本分だろう。

ぐるぐるぐるぐる、高校時代から今日までを思い出し私は喚く。

「なんで私と出会うたん、なんで私を部室に連れてったん、なんで私とエッチしたん。なんで……なんで祭りん時に私を助けたん、ねぇなんで?私馬鹿じゃけぇ全部運命って思ってしまうんよ」

乱れた息で喚き終え、手に当たるホテルの備品全て陸へ投げ付けて、言葉を待った。

「……運命なんていっこも無いわ。偶然じゃ、全部」

陸の足元に転がる枕ふたつがまるで私みたいに見えた。何故か、可哀想に見えてその場にへたり込み、さめざめ泣いた。

「ワシは多分ずっと誰とも付き合わん。お前だけとしか会わんなんて約束は出来ん。ワシは高三の夏、お前に言うた筈じゃ」

肩に乗ったバスローブをゆるりと払い除け、陸が私の前にしゃがみ込んだ。
今、目の前で揺れる男性器を切り落とせば嫌ってくれて私とはもう二度と会わないと拒絶してくれるんじゃ、そう思って剃刀はバスルーム、更に置いてあったのはT字の剃刀だったと思い出し、また馬鹿らしくて泣けてくる。

「お前は幸せにならにゃいけん、って。離れたのに偶然会ってまたこうなるん望んだんはお前じゃ」

首根っこに手を回されて淡々と語る陸の瞳はまん丸でガラス玉の様に見えた。

「お前は気付いちょらんかもしれんけど、全部お前が選んだ道じゃ。いつでも離れりゃええじゃろう」

静かに流れる涙はまるで滝のよう。ぼとぼとと私の頬を滑り、乳房に落ちる。
拭おうにも見つめられ、動けない。
そんな私を興味無さげに眺めて陸が言う。

「今の関係が嫌なんじゃったら会わん方がええ。直に結婚やなんじゃかんじゃ考えにゃならんようなる。それこそこの間の奴んとこに行きゃええ」

乳房に落ちた涙は速度を緩めて、雨の軒先から垂れる雫のように太ももへと滴り落ちる。
不意に陸の口から飛び出し浮かぶ高柳さんの姿。陸が好きなのに、それが伝わらずすれ違う気がして更に涙が止まらない。
タイムリーな結婚の話題まで飛び出して、私の心は動きが鈍くなっていきそうだ。

「……どうするかはお前が決めり。幸せなりたいんじゃったら、サイナラじゃ」

抜け出そうと足掻いて泥濘に嵌り、這い上がって突き放されて、私はまた少し狭い背中に縋る。
何度も何度も繰り返す愚行が最早、私の生きる意味になり始めていた。

泣く女は嫌い。

そう言われて、堪えてきた反動は思っていたよりも大きかった。
気が付けば頬は濡れている。拭っても、拭っても。
< 67 / 82 >

この作品をシェア

pagetop