あおいぽりばけつ
赤い実が成る木に蟻が這う。愛おしい実を横取りされそうで、私は必死に払い除ける。
近頃、陸と居る時に良く携帯が光る。
だからか、サブディスプレイを隠すように伏せて置くようになった。だけど机が震えるから、鳴っている事が分かってしまう。
分からなきゃ、怒りも悲しみも生まれないのにな。
「……鳴っとるよ」
見知らぬシーツの上で寛ぐ陸にそう声を掛けても返ってくるのは生返事のみ。
机にダイレクトに響くバイブレーションの長さが私の心を締め付ける。
「電話じゃろ。出ぇや」
そう言いながら口の中が粘ついて仕方ない。嫌な予感とは少し違う、けど良くない胸騒ぎがする。
「……ちょお、ごめん」
漸く立ち上がり携帯を持ち上げてラブホテルのトイレに駆け込む背中を見て、言い表しにくい感情がどろりと沸き上がる。
私からの着信だったら、出てくれていた?不毛な疑問は止めればいいのに、次から次から沸き上がる。鬱陶しくて振り払おうにも虚しくなる。
そっとテレビのリモコンを手にして見たくもない通販番組のボリュームを四つ上げる。
きっと、多分、アダルトビデオなんて流してはいけない。多分、きっと。
便利そうなハンディクリーナー、効かなそうなダイエット器具、趣味の悪いジュエリー。
そしてお得な冷蔵庫と電子レンジのセット販売の説明が始まり出してやっとトイレから陸が出て来た。
「……長かったね」
「仕事先の奴じゃ」
また丁寧に裏返しに置かれた携帯。
甲高い声で安さに驚くタレントと、落ち着いた司会者の声の落差の隙間、私は聞いた。
「なんて?」
「明日の現場の集合時間とか飲み会とか」
早くしなければ売り切れてしまう、これを逃したら損をすると、注文を急かす声が鬱陶しい。
「ふーん……仕事の連絡やのに、楽しそうに話すんやね」
聞こえていた。ボリュームを上げたって、漏れ聞こえていた。
次の休みは話題のショッピングモールに行きたい、あのブランドの新作ジュエリーが欲しいと甘ったるい声が、全部。
私の一言に、何か言いた気な顔をしてまたベッドに横になった。
問い詰めても、その後に見える未来は泣いた私しか居ないホテルの一室。それ以上、話す気にならなかった。
部屋に入ると同時に脱ぎ捨てた作業着を拾い上げてハンガーに掛けようとして目をキツく瞑る。
知らない匂いがした。私が知る、陸の香りの後ろに隠れた、甘い香り。
新たに沸き上がった疑問をぶつけてはならない。
だって私は、陸の何でも無いから。
何も言えずに私は思考を止めた。思考を止めれば辛さを見なくて済むのだ。
「陸、ヤろう」
独りよがりの快楽に溺れる姿は私にだけ見せてくれていれば良い。
誰かを想い慈しみ、暖かな快楽に溺れる姿は他の誰かに見せれば良い。
私だけ、が見れる姿があれば良い。
仕事の疲れと爛れた運動の疲れが重なり、泥のように眠りこける陸の頬を撫でた。
愛されたい愛されたいと願い続けてきた私は、このままで構わないと思っていた私は、今更、これからどうすればいいのか分からなくなりだしていた。
この柔らかな頬に掻き傷のひとつでもつけれたら、何かが変わるだろうか。
変わらない事なんて、もう十分知っているではないか。
暗闇の中で、ぶぶぶと何かが鳴く。枕元に置いた私の携帯はだんまりで、残るはひとつ。陸の携帯。
音を立てぬよう立ち上がり、音の在り処を探して辿り着いた机。
ラジオも消して、部屋に響くのはエアコンの音だけ。ぺたり、ぺたりと湿る足裏が音を鳴らす。
唾をごくりと飲み込んで手を伸ばした瞬間、ベッドから声がした。
「……どこ行くん」
寝惚けた声が聞こえる。暗闇に目が慣れた私には、はっきりと見える。
ベッドから生えた手が、私を呼んでいる。
「……寒いじゃろ、こっち来いや」
言い終えて伸ばした手を静かに引っ込め、私は垂れる鼻水を拭いながらベッドへ潜り込んだ。
「トイレ、……行ってた」
締まりきってくっ付いてしまった様な喉を無理やりこじ開けて掠れた声で言うと、生暖かい陸の息が額を撫でる。
「腹冷えたか?……パンツ一枚で寝るんはいけんのう」
縺れる口を動かして言い、陸が私を抱き寄せた。こんなにも、陸は暖かいのに、寒くて震えてしまう。
こんなの、風邪を引く。心が壊れてしまう。
いつの間にか私の心は夢から覚め始めていたのかもしれない。
陸との夜はいつも、こうして下着姿でエアコンをフル稼働させているから、心が冷え始めていたのかもしれない。
「おやすみ、陸」
「んん、おやすみ」
枕で濡れた枕では、一睡も出来ない。鼻が詰まり息苦しくてただ朝が来るまでじっと陸の胸板に額を寄せていた。
近頃、陸と居る時に良く携帯が光る。
だからか、サブディスプレイを隠すように伏せて置くようになった。だけど机が震えるから、鳴っている事が分かってしまう。
分からなきゃ、怒りも悲しみも生まれないのにな。
「……鳴っとるよ」
見知らぬシーツの上で寛ぐ陸にそう声を掛けても返ってくるのは生返事のみ。
机にダイレクトに響くバイブレーションの長さが私の心を締め付ける。
「電話じゃろ。出ぇや」
そう言いながら口の中が粘ついて仕方ない。嫌な予感とは少し違う、けど良くない胸騒ぎがする。
「……ちょお、ごめん」
漸く立ち上がり携帯を持ち上げてラブホテルのトイレに駆け込む背中を見て、言い表しにくい感情がどろりと沸き上がる。
私からの着信だったら、出てくれていた?不毛な疑問は止めればいいのに、次から次から沸き上がる。鬱陶しくて振り払おうにも虚しくなる。
そっとテレビのリモコンを手にして見たくもない通販番組のボリュームを四つ上げる。
きっと、多分、アダルトビデオなんて流してはいけない。多分、きっと。
便利そうなハンディクリーナー、効かなそうなダイエット器具、趣味の悪いジュエリー。
そしてお得な冷蔵庫と電子レンジのセット販売の説明が始まり出してやっとトイレから陸が出て来た。
「……長かったね」
「仕事先の奴じゃ」
また丁寧に裏返しに置かれた携帯。
甲高い声で安さに驚くタレントと、落ち着いた司会者の声の落差の隙間、私は聞いた。
「なんて?」
「明日の現場の集合時間とか飲み会とか」
早くしなければ売り切れてしまう、これを逃したら損をすると、注文を急かす声が鬱陶しい。
「ふーん……仕事の連絡やのに、楽しそうに話すんやね」
聞こえていた。ボリュームを上げたって、漏れ聞こえていた。
次の休みは話題のショッピングモールに行きたい、あのブランドの新作ジュエリーが欲しいと甘ったるい声が、全部。
私の一言に、何か言いた気な顔をしてまたベッドに横になった。
問い詰めても、その後に見える未来は泣いた私しか居ないホテルの一室。それ以上、話す気にならなかった。
部屋に入ると同時に脱ぎ捨てた作業着を拾い上げてハンガーに掛けようとして目をキツく瞑る。
知らない匂いがした。私が知る、陸の香りの後ろに隠れた、甘い香り。
新たに沸き上がった疑問をぶつけてはならない。
だって私は、陸の何でも無いから。
何も言えずに私は思考を止めた。思考を止めれば辛さを見なくて済むのだ。
「陸、ヤろう」
独りよがりの快楽に溺れる姿は私にだけ見せてくれていれば良い。
誰かを想い慈しみ、暖かな快楽に溺れる姿は他の誰かに見せれば良い。
私だけ、が見れる姿があれば良い。
仕事の疲れと爛れた運動の疲れが重なり、泥のように眠りこける陸の頬を撫でた。
愛されたい愛されたいと願い続けてきた私は、このままで構わないと思っていた私は、今更、これからどうすればいいのか分からなくなりだしていた。
この柔らかな頬に掻き傷のひとつでもつけれたら、何かが変わるだろうか。
変わらない事なんて、もう十分知っているではないか。
暗闇の中で、ぶぶぶと何かが鳴く。枕元に置いた私の携帯はだんまりで、残るはひとつ。陸の携帯。
音を立てぬよう立ち上がり、音の在り処を探して辿り着いた机。
ラジオも消して、部屋に響くのはエアコンの音だけ。ぺたり、ぺたりと湿る足裏が音を鳴らす。
唾をごくりと飲み込んで手を伸ばした瞬間、ベッドから声がした。
「……どこ行くん」
寝惚けた声が聞こえる。暗闇に目が慣れた私には、はっきりと見える。
ベッドから生えた手が、私を呼んでいる。
「……寒いじゃろ、こっち来いや」
言い終えて伸ばした手を静かに引っ込め、私は垂れる鼻水を拭いながらベッドへ潜り込んだ。
「トイレ、……行ってた」
締まりきってくっ付いてしまった様な喉を無理やりこじ開けて掠れた声で言うと、生暖かい陸の息が額を撫でる。
「腹冷えたか?……パンツ一枚で寝るんはいけんのう」
縺れる口を動かして言い、陸が私を抱き寄せた。こんなにも、陸は暖かいのに、寒くて震えてしまう。
こんなの、風邪を引く。心が壊れてしまう。
いつの間にか私の心は夢から覚め始めていたのかもしれない。
陸との夜はいつも、こうして下着姿でエアコンをフル稼働させているから、心が冷え始めていたのかもしれない。
「おやすみ、陸」
「んん、おやすみ」
枕で濡れた枕では、一睡も出来ない。鼻が詰まり息苦しくてただ朝が来るまでじっと陸の胸板に額を寄せていた。