あおいぽりばけつ
大好きだったチャンキーヒールも、タイトなスカートも、煙草も辞めた。友人に誘われても、夜遊びには行かなくなったし食事もきちんとするようになった。
そして父親である陸も、辞めた。
悩み抜いた末、着信拒否をしてメールアドレスを変えたのは何度目かの検診を待つ時だった。
「せめて認知してもらやぁええんに」
久し振りに会った友人がお茶を飲みながらピンク色の箱に手を伸ばしてハッとした。ライターをテーブルに放り出して言うから、私はオレンジジュースを吸って首を振った。
私の勝手で宿した子だ。それを出来たからと、今更どうにかしてくれなどと無粋な事を言うつもりはさらさら無かったし、会ってこれ以上想いを汚したくはなかった。
「一人で育てるよ」
「あんたが母親かぁ。産まれたらうちにも抱っこさせてな」
テーブルに出していた煙草をすっと鞄にしまい込み友人が笑った。
アイスコーヒーを啜って友人が矢継ぎ早に質問をする。
「男か女かはまだ分からんよなぁ。悪阻とかは無いん?出産立ち会いたいなぁ」
私よりも嬉しそうに話すから、こっちもつられて身を乗り出して笑んでしまう。
「嬉しいと、笑ってしまうんやね」
嬉しくて口角は上がるのに、目からは大粒の涙が落ちて行く。陸と出会ってから出来るだけ堰き止めていたからだろうか、この所悲しくても嬉しくても、涙が溢れて仕方ない。
そう言う私を見て、友人も同じ様に泣いた。
「ほんまやね、うちの事じゃないのに、泣いてるのに笑ってまうわ」
太陽が眩しい昼間。泣きながら笑う私と、友人。幸せを噛み締める瞬間。それを分かち合う喜び。
「実はうち、結婚決まってん」
涙を拭いながら友人が言うから、私は涙が止まらずに声が出ない。
「泣くなよ〜。……お互い幸せなろうね」
幸せの定義など己の物差し次第だと、陸に縋っていた頃の私は言い放つだろう。
だけど今、漠然とした【幸せ】が何故か同じ様に思えた。
「そうやね、幸せ、なろうね」
「予定日は?」
「ん、大体二月末から三月頭くらいかな」
季節がひとつ進み、秋。
少しずつ膨らむ私の腹を見て、父と母は孫の誕生を更に楽しみにするようになっていた。
仕事から帰ってきた父の手には赤ちゃん用品が、なんて事がよく有る。
「ベビーバス、いるやろう?あとな、今日こんな可愛い服見つけたからつい……」
「お父さん!!まだ性別分からんのに服なんか買うて!!」
「……お小遣いから出してるからええじゃないか。それにどっちでもいいように黄色にしたし」
消えかかっていた私のロウソクがふわりふわりとまた火力を増していく。二人の会話を眺めて、暖かくなる。
「これね、ちょっと余所行き用にね作ってみたんよ」
暇を見つけてはよだれ掛けを拵える母に向かって、今だと言わんばかりに父が吠える。
「そんなよだれ掛け作って、全然よだれ垂らさん子やったらどうするんよ」
「それはそれで良いやんなぁ。よだれ掛けは着けてるだけで可愛いからええんです」
たった一人で抱え込んで来た恋が、今、こんなにたくさんの人に支えられ、咲き誇る。
それは真夏の草原にある大輪の向日葵でも、圧巻の桜でも、見目麗しい椿でもない。言うなれば、道端に揺れる蒲公英の様な花。
新しい命の誕生を今か今かと待ち侘びる私の周りの人々と過ごしていると、忘れてしまう。青春時代から今まで、私の心に染み付いていた、想い人を。
「吉岡さん、どうぞ」
忘れかけていた名前も、今では定期的に呼ばれている。
もう、私は忘れない。名前も、笑顔も。
そして父親である陸も、辞めた。
悩み抜いた末、着信拒否をしてメールアドレスを変えたのは何度目かの検診を待つ時だった。
「せめて認知してもらやぁええんに」
久し振りに会った友人がお茶を飲みながらピンク色の箱に手を伸ばしてハッとした。ライターをテーブルに放り出して言うから、私はオレンジジュースを吸って首を振った。
私の勝手で宿した子だ。それを出来たからと、今更どうにかしてくれなどと無粋な事を言うつもりはさらさら無かったし、会ってこれ以上想いを汚したくはなかった。
「一人で育てるよ」
「あんたが母親かぁ。産まれたらうちにも抱っこさせてな」
テーブルに出していた煙草をすっと鞄にしまい込み友人が笑った。
アイスコーヒーを啜って友人が矢継ぎ早に質問をする。
「男か女かはまだ分からんよなぁ。悪阻とかは無いん?出産立ち会いたいなぁ」
私よりも嬉しそうに話すから、こっちもつられて身を乗り出して笑んでしまう。
「嬉しいと、笑ってしまうんやね」
嬉しくて口角は上がるのに、目からは大粒の涙が落ちて行く。陸と出会ってから出来るだけ堰き止めていたからだろうか、この所悲しくても嬉しくても、涙が溢れて仕方ない。
そう言う私を見て、友人も同じ様に泣いた。
「ほんまやね、うちの事じゃないのに、泣いてるのに笑ってまうわ」
太陽が眩しい昼間。泣きながら笑う私と、友人。幸せを噛み締める瞬間。それを分かち合う喜び。
「実はうち、結婚決まってん」
涙を拭いながら友人が言うから、私は涙が止まらずに声が出ない。
「泣くなよ〜。……お互い幸せなろうね」
幸せの定義など己の物差し次第だと、陸に縋っていた頃の私は言い放つだろう。
だけど今、漠然とした【幸せ】が何故か同じ様に思えた。
「そうやね、幸せ、なろうね」
「予定日は?」
「ん、大体二月末から三月頭くらいかな」
季節がひとつ進み、秋。
少しずつ膨らむ私の腹を見て、父と母は孫の誕生を更に楽しみにするようになっていた。
仕事から帰ってきた父の手には赤ちゃん用品が、なんて事がよく有る。
「ベビーバス、いるやろう?あとな、今日こんな可愛い服見つけたからつい……」
「お父さん!!まだ性別分からんのに服なんか買うて!!」
「……お小遣いから出してるからええじゃないか。それにどっちでもいいように黄色にしたし」
消えかかっていた私のロウソクがふわりふわりとまた火力を増していく。二人の会話を眺めて、暖かくなる。
「これね、ちょっと余所行き用にね作ってみたんよ」
暇を見つけてはよだれ掛けを拵える母に向かって、今だと言わんばかりに父が吠える。
「そんなよだれ掛け作って、全然よだれ垂らさん子やったらどうするんよ」
「それはそれで良いやんなぁ。よだれ掛けは着けてるだけで可愛いからええんです」
たった一人で抱え込んで来た恋が、今、こんなにたくさんの人に支えられ、咲き誇る。
それは真夏の草原にある大輪の向日葵でも、圧巻の桜でも、見目麗しい椿でもない。言うなれば、道端に揺れる蒲公英の様な花。
新しい命の誕生を今か今かと待ち侘びる私の周りの人々と過ごしていると、忘れてしまう。青春時代から今まで、私の心に染み付いていた、想い人を。
「吉岡さん、どうぞ」
忘れかけていた名前も、今では定期的に呼ばれている。
もう、私は忘れない。名前も、笑顔も。