年下御曹司の、甘い提案が聞きたくて。
「…でもね、借金はなかなか減らなくて、この度、家を売ろうという話になって。もう数社の査定も貰っているし、後はどこに売却するかだけなんだけど、売ったお金は全部返済に充てることになっていて、私達は父の実家がある町にでも引っ越そうか…って話にもなってるの」


そう言った瞬間、自分でも口籠る。
思いがけずに出てきた嘘に困惑し、でも、何とかそれを真実のように続けなければいけないと焦った。


「…そこ、かなり地方でね。田舎だけどタダで住める家が多くて、父のやってる造園の仕事をする人もいないらしくて、結構安定した収入が得られそうなんだって。この話、私もつい最近聞かされて、私達は仕事もあるし、自分達がいいようにしてもいいと言われたんだけど、私も郁も、これまで一生懸命助け合ってきたでしょ。だから、ここで両親を見捨てるのも出来ないよねって話してて。……それで、輝にも相談しようかなとは思ったんだけど、恥ずかしい話だし言えなくて……」


ぶるぶると緊張で指先が震えそうなのを我慢する。
目線を向けている輝の顔は呆然としていて、それを見ると、胸が痛くて堪らない気持ちにもなったけれど……。


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