二人の距離の縮め方~弁護士は家政婦に恋をする~
午前中やるべき仕事を済ませ、学は午後から半休を取り、すぐにタクシーを使って芽衣のアパートに向かった。

住所は、家政婦の仕事を依頼した時に預かった履歴書をみれば、すぐにわかることだ。

「この辺ですね」

そう言ってタクシーが停車したのは、学の想像を遥かに上回るボロさの、二階建てのアパートだった。
芽衣が住んでいるのは103号室。
四つ並ぶ一階の玄関のドアに近づいていくうちに、学は違和感を覚えた。

「何でドアが……?」

よく見ると四室ある内の、二つの扉が半開きになっていて、ブロックで閉まらないように抑えてある。
嫌な予感がする……。さらに近づくと、開いているドアの内の一つ部屋のポストに、「山奈」と小さく書いてあるのが確認できた。
間違いない、ここが芽衣の住んでる部屋だ。

学はドアノブに手を掛けると、ゆっくり扉を引いた。しかし、ドアチェーンに阻まれそれ以上は開かない。

「芽衣ちゃん……! 芽衣!」

呼び鈴とノックで応答を待つが、返事はない。中を覗いてみると、小さな玄関の先はすぐに部屋があるようで、敷布団のようなものが見える。

ドンドンと、思わず強く扉を叩いた後、再び名前を呼ぶ。

「…………まなぶ、さん……?」

か細い声が聞こえたかと思うと、芽衣がもぞもぞと這うように現れた。

「どうして……?」

 芽衣の瞳が不安そうに揺れていた。よほど来て欲しくなかったように見える。

「心配するのは当たり前だと思うけど……中に入れてくれる?」

ドアチェーンに阻まれたままの、扉越しの彼女は明らかに動揺している。学はこみ上げてきた怒りを押し殺す事に必死になった。

「大丈夫です。熱も下がってきたし……大丈夫だから、お願いです……」

帰ってくれと、そう言いたいのだろうか? しかし、ここで引き下がる気はさらさらない。

「残念だけど、具合が悪いのに、窓や扉を開けっ放しで、無防備に寝込んでる恋人を置いて帰
れるほど、僕は薄情じゃない。君が開けてくれななら、裏側の窓から無理にでも入るけど?」

窓が開いていると言ったのは憶測にすぎなかったが、どうやら当たっていたらしい。
観念したように、ドアのチェーンが外されると、開いた扉の先には、この世の終わりのような顔で俯く芽衣が凝然と立っていた。
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