濡れた月の唄う夜
放課後になった私とクロスは、何時ものようにカフェに寄るとテイクアウトのラテとコーヒーを持ち、帰り道を歩いていた。
 街はクリスマスに彩られ、聖歌が流れている。
「綺麗だね…、もうすぐクリスマスなんだね」
 イルミネーション越しに見るクロスの横顔を見ていると、クロスは私の肩を抱き寄せた。
「寒くない?大丈夫?」
「…うん」
 私は、クロスから伝わってくる温かな体温を感じながら、クロスの言っていた言葉を考えていた。
 夜の世界とは、どんなものなのだろう。
 それは、いつ、始まるのだろう。
「羽織?どうしたの、寒い?」
「あ、うん。大丈夫。…あの、ね、クロス」
「ん?なに?」
 白い息を吐いて、クロスは首を傾げる。この微妙に微笑む顔が、私は好きだった。
「夜の世界って、どんな世界?」
「夜の世界?」
「うん」
 立ち止まった私を心配するように、クロスは顔を覗き込んでくる。
 クロスは数秒、何かを考えた様に黙ると、頷いた。
「正直いうと、僕にもわからないんだ」
「え…っ」
「ごめん」
 叱られた子犬のような顔をして、クロスは俯いた。
 私は慌てた。
「ち、違うの、私は、夜の世界で生きていくには、どうしたらいいのか、それが気になって…」
「羽織…」
「それはいつから始まるのか気になって…ひゃ…っ」
 クロスは突然私を抱きしめた。私は変な声を上げていた。
 街を歩く通りすがりの人が口笛を吹く気配がした。私は、為す術もなくただされるままになっていた。
「クロス…?」
「羽織、よく聞いて」
 クロスは私を抱きしめたまま、私の耳に囁いた。
 私はそっとクロスの背中に手を回す。
「夜の世界に生きるためには契約が必要なんだ。花嫁の契約という…契約が」
「花嫁の…契約…」
 花嫁という言葉が、胸に響いた。
「花嫁の契約には必要なものがある。…君の血が、必要なんだ」
「私の、血…。私、どうなっちゃうの」
「そこで君は、人間じゃなくなる。僕と同じ、吸血鬼になる。その時から僕も、君も、太陽の下では動けなくなってしまう」
 私はただじっと、クロスの話を聞いていた。
 太陽の下では動けないとは、どんな感じなのだろう。
 クロスは、そっと身を離した。
 その顔を見れば、見たこともない、真剣な眼差しでこちらを見ていた。 
 眉を寄せるその顔は、痛みを堪えているようだった。
「羽織、君の大切な時間を、僕は奪うんだ。それでも、いいの?」
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