真実(まこと)の愛
「……アイリッシュなのに、なぜピートの香りが立つカネマラなんですか?」
松波と時々待ち合わせてこの店で呑むようになってから、麻琴が思っていたことだった。
アイリッシュウィスキーでは原料の麦芽をピートで燻さないのが一般的だ。
にもかかわらず、松波の呑むカネマラはそうではない。だから、アイリッシュではかなり「異質」な味わいになる。
石炭になりそこないの「泥炭」は癖のある独特の匂いがする。人によっては「薬くさい」という印象を持つだろう。しかも、正露丸のような。
父親に連れて行かれたバー(偶然にも杉山の祖父の店だったのだが)で勧められて、麻琴は初めてそのピートの薫りを口にした。
それまで好んで呑んでいた甘くて軽やかなカナディアンウィスキーにはない、ガツンとくる粗野な味に麻琴の舌は驚いたが、不思議とイヤではなかった。むしろ、立ちのぼるスモーキーな風味を「おもしろい」と感じた。
それ以来、彼女はピートくささがあたりまえのスコッチウィスキーを好んで呑んでいる。
中でも一番のお気に入りは、スコットランドのアイラ島にあるボウモア蒸留所でつくられる、その名も「ボウモア」だ。大麦の麦芽百パーセントである「モルト」を使って、全行程を一つの蒸留所だけでつくるシングルモルトで、「アイラの女王」と呼ばれている。
スコッチでは軽めのピートに、フルーティな甘さも同居するアイラの女王は、麻琴にとっては「どちらの良さも楽しめる」ウィスキーなのだ。
……そういえば、前にややちゃんとここで呑みまくったとき、彼女もピートの匂いをあまり気にせずに、ガンガン呑んでたなぁ。
ちなみに、カネマラ十二年もボウモア十二年も、
アルコール度数は四十度である。
だからといって、水で割ったりハイボールにしたりして、せっかくの馨しさを「薄めて」しまうのはもったいない。