アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「一応……ね。でも、危機感は全くなかったな……気にもしていないって感じ」
「えぇっ! マジ? 普通、そんな疑惑を掛けられたら怒るか焦るかのどっちかじゃない?」
全く同感だ。強がっているようには見えなかったし、本当になんとも思ってないのかも……でも、ムカつくのは山辺部長だ。役職者のくせに、社内秘を言いふらすなんて有り得ない。
涼しい顔で報告書に目を通している山辺部長に腹が立って仕方ない。けれど、並木主任本人が気にしていないのだから、私がしゃしゃり出るワケにもいかない。
このまま黙って噂が消えるのを待つしかないのかな……
――そしてその日の夜……
母親と夕食の支度を終え、並木主任が帰って来るのを待っていると、二階から下りて来た翔馬が揚げたての唐揚げをつまみ食いしながら言う。
「今、並木さんから電話があって、残業で少し遅くなるから先に飯食って勉強してろってさ」
「えっ……並木主任から電話って……もしかして翔馬、並木主任の携帯番号知ってるの?」
「姉貴、何言ってんだよ。並木さんは俺の家庭教師なんだぞ。知ってて当然だろ?」
あぁ……こんな近くに並木主任の携帯番号を知ってる人間が居たのに……何気にショック……
「並木さん、何時になるか分からないから、姉貴達も食えば?」
自分でご飯をよそって食べ始めた翔馬を横目に「私は後でいい」と呟き、隣の居間のソファーに座る。
暫くの間、食事をしているふたりの会話をぼんやり聞いていたが、寝不足のせいか徐々に瞼が重くなり、意識が遠のいていく……