フェイク☆マリッジ 〜ただいまセレブな街で偽装結婚しています!〜 【Berry’s Cafe Edition】
風間は一つ、深いため息を吐いた。
「おれが芸能界に入ってここまで這い上がってきたのは……レイカ、おまえに追いつくためだったっていうのに」
——『追いつく』って……ど、どういうこと?
わたしは呆然と彼を見返した。
「大学進学のために千葉から出てきて、たまたま歩いていた渋谷で今の事務所のマネージャーにスカウトされて……
最初はこの世界なんて、学生時代の『思い出』にしようと物見遊山気分でナメてたんだ」
今度はわたしの方がため息を吐く番だ。
「……バレてたわよ。初めて雑誌の仕事で会ったときのあなた、ハッキリ言って華もないし、ポージングも素人だし、何より口数少なくて無愛想だったし……」
「いや、あのときは!」
急に、彼が大声で遮った。
——な、何なの?
「華がないとかポージングが素人なのはともかく……生まれて初めて『別世界のお嬢様』に会って、めちゃくちゃ緊張してたんだよっ!」
「べっ『別世界のお嬢様』って……そんな大袈裟な……」
突然の彼の「圧」に、思わずたじろいでしまう。
「大袈裟なんかじゃない。
あのとき、おまえを見て『高嶺の花』ってこういう女性のことを言うんだと実感したんだよ。
マネージャーに聞けば、明治時代から続く老舗百貨店『江戸屋』の御令嬢だから、なるべく粗相のないようにって言われるし……」
——なぁんだ。
……ってことは、結局はうちの実家の力にひれ伏してるだけじゃん。
「そんな名家の御令嬢だったらおれみたいな庶民、その辺の石ころみたいな扱いするんじゃないかって思ったのに……
でも、レイカはちゃんと普通に話をしてくれてさ」
——いやいやいや、いつの時代の「お嬢様」の話よ?
「石ころだなんて……仕事仲間と普通に話すのなんて当たり前じゃないの。
わたしだって、当時は専属契約してる雑誌があったとはいえ、表紙を飾れるほどのモデルってわけでもなかったのよ?」
今から思えば「江戸屋の威光」がなければ専属すら危うい、読者モデルに毛が生えたほどのレベルだった。
「それでもあの頃のおれには、おまえがとんでもなくキラキラして眩しく見えたんだ。
だから、今度また会えたときまでにおまえに手の届く存在になりたいと思って……おまえに手が伸ばせる存在になりたいと思って……
心を入れ替えて芸能活動をするようになったんだよ」
——あの短期間での「変化」は……わたしに近づくためだったの……?
「……そしたら、東Pや加藤Dに目をかけてもらえるようになって、ドラマの役がもらえて、映画出演にもつながって……」
だが、それまでの熱を帯びた風間の口調がトーンダウンして、心なしか改まった。
「レイカ、訊きたいことがあるんだけど……いいか?」
「な、なによ? ど、どうぞ?」
何を訊かれるのか、さっぱり見当もつかないからどきどきする……
「……今日子が本を出版したときの担当編集者だった池原ってヤツから聞いた話なんだけどな」
八坂 今日子は古湖社からフォトエッセイを出版していた。
「おまえと大坂百貨店の御曹司が、実は政略結婚の末の偽装結婚だって言うんだ。
それは……真実か?」