フェイク☆マリッジ 〜ただいまセレブな街で偽装結婚しています!〜 【Berry’s Cafe Edition】
わたしはコンスタンス・トゥーゴーにスマホを入れて斜めがけにすると、洋館を出た。
いつもはキャッシュレスでクレカがあれば事足りるが、現金払いでも大丈夫なようにちゃんと紙幣も入れておいた。
大正屋はノースエリアの麓——ゲート付近にある。
散歩も兼ねて、櫻坂の坂道を下ってお店へ向かう。
子どもの頃は年に一度、父がまとまった休みを取れた際に家族で海外旅行へ行っていた。
やがて、兄が思春期に入るといっしょに行くのを嫌がるようになり、その後わたしも兄に倣えとなっていったから、いつの間にか両親二人だけになった。
そんなわけで、両親の海外旅行中に日本で「お留守番」する折には、いつもではなかったけれども何度か祖父母のこの洋館に泊まりに来ていた。
なので、ノースエリア唯一のスーパー「大正屋」へは祖母と買い物に行ったことがあるのだ。
——懐かしいな……大正屋に行くのは何年振りだろう。
ところが……
ひさびさに見る大正屋は、看板が「Taishoya」になっていて、外装も内装もすっかり様変わりしていた。
敷地の広さは変わらないのでこじんまりしているのはそのままだが、なんだかえらく小綺麗になって小洒落た佇まいになっている。
微かな記憶では、年季の入った木造の店で中年のおじさんとおばさんが夫婦で切り盛りしていたはずだった。
だけど今は、青と白のギンガムチェックで揃えた三角巾とエプロンをつけた従業員たちがそつなく働いている。
たぶん子ども世代に代替わりしたのだろう。
——えーっと、最初に「ショッピングカート」を取るのよね?
実は、たった一人でのスーパーでの買い物はほぼ初めてなのだ。
すると、ギンガムチェックの店員がすーっと寄ってきた。
「いらっしゃいませ。初めてご利用のお客さまですね?
当店は会員制となっておりまして、恐れ入りますがお申し込みはお済みですか?」
——えっ、会員じゃないとカートも取らせてくれないの?
「当店のショッピングカートはレジカートになっておりまして、アプリの会員証をスキャンしていただかないとご利用できませんので……」
——レジカートってなに?
普通のショッピングカートとどう違うの?
確か祖母は大正屋の人に「通帳」を渡して商品を手に入れていたと思う。
後日お店の人が家まで集金に来たときにまとめて支払う、いわゆる「ツケ払い」だ。