君の手が道しるべ
太田さんは大口顧客の「おじいちゃん」。先日、口座に突然3億円近い振込があって、梨花が舞い上がり気味に電話をしたところ今日の訪問アポイントが取れたのだ。
 
 その後確認したところによると、太田さんは振込の1ヶ月位前に口座を開設していて、それまではまったくお取引がなかった。他の支店に口座がないかも調べたけど、どこの店にも取引履歴がなかったので、今のところいったいどんな人物なのか見当もついていない。

 口座の取引内容には、生活がそのまま反映される。メインで使ってくれていればなおのこと、お金の流れはその人の暮らしを表している。でも、太田さんの場合はそれがないので、いってみれば今日は丸腰で乗り込まざるをえないのだ。

「3億ですよ、3億。久しぶりの大口商材ですから、絶対決めますから!」

 梨花はそう言って張り切っている。そのあたりからして、もう、私とはぜんぜん違う。私は大口商材であればあるほど慎重になるほうだ。決めるも何も、決定権はお客様にあるんだから、私が張り切ることじゃない。
 まあ……史子はそんな私の性格を「単なる臆病者」と言ってはばからないけれど。

 そんなことをぼんやり思っていると、梨花が言った。

「調査役は帯同ですから。提案は私やりますから、いいですよね」

 その声は固く冷たく、とがっていて、私は一気に現実に引き戻された。手帳から顔を上げて梨花を見る。そこに見えたのは、夢の中で見たような――敵愾心を隠そうともしない、梨花の顔だった。
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