君の手が道しるべ
金曜日の契約書類のチェックをしながらそんなことを考えていると、突然、目の前の電話が鳴った。出てみると、営業課からの内線だった。

「永瀬調査役に外線です。太田様とおっしゃるお客様からです」

「えっ、太田様?」私は思わず訊き返した。近くにいた梨花が私を見たのがわかったけど、気にしている余裕はない。「男の人?女の人?」

「男性ですけど。ちょっとご年配の。心当たりありませんか?」

「あ、いえ、大丈夫、わかります。代わりますね」

 回線を切り替えて電話に出てみると、やはり電話の主はあの太田さんだった。

「先日は、ありがとうございました。ゆっくりお話もできずに申し訳なかったですね」

 太田さんから先に謝られてしまい、私は慌てたのと恐縮したのとでしどろもどろになった。いえそんな、とか、こちらこそお忙しいところ押しかけまして、とか、そんなようなことをもごもご言った。

 まったく、こういうときにさわやかに営業トークできるようになるのはいつのことなんだろう。

「それで、ちょっとご相談なんですがね」

 電話の向こうで、太田さんの口調がちょっと変化した。

「先日のお話のつづきを伺いたいんですが――永瀬さんおひとりで来ていただくことはできますか?」

「……え?」

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