君の手が道しるべ
音がしないように右手でフックを押さえて電話を切ると、少しこわばった顔の梨花が近づいてきた。

 太田さんからの電話に自分の名前が出たことが気になっているらしい。

 ついさっきまで私と話そうともしなかったのに、さすがに今回はそうもいかないのか、私の隣に立って言った。

「今の電話……太田さんからですよね? 何か言ってきたんですか?」

 そんなことないよと言おうとして、私は口をつぐんだ。急に頭の中がフル回転を始める。出てきた言葉は、

「うん。まあ、詳しいお話はお伺いしてからになるけど。――ただ、太田さんが、私一人で来てほしいっていってるの」

 その瞬間、梨花の顔が引きつった。

 念のため言っておくけど、今の言葉に嘘はない。太田さんは私一人で来てほしいと言ったし、詳しいことは会ってみないとわからない。

 その言葉をどう解釈するかは梨花の勝手だ。

 で、当の梨花は、私の言葉をマイナスに解釈してしまったようだった。

「私、別に何もしてません! 太田さんにはあれ以来連絡も入れてませんし、本当に何もしてないです!」

 必死で弁解する梨花に、私はうなずいてみせた。

「うん。わかってる。電話の雰囲気でも、苦情って感じじゃなかったし。でも先方が私一人で来いって言ってるから、今回は一人で行ってくるね」

「……わかりました」

 おとなしく引き下がった梨花を見て、私は内心大笑いしていた。
 たまにこういう小さな仕返しをしてやっても、罰は当たらないだろう。


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