君の手が道しるべ
支店に戻った後の記憶は、実のところはっきりしない。

 太田さんのお宅で衝撃の事実(大げさかもしれないけど、実際、これ以上の衝撃はないと思う)を知らされたあと、太田さんは楽しそうに目を輝かせて、「お仕事中にお呼び立てしたわけですからね。ちゃんと、お仕事の話をしましょう」と言い出したのだ。

 一瞬、なんのことかわからずぼんやりした私に、大倉主査が笑いながら「仕事の話ですよ。資産運用。この前言ったでしょう、話を聞く気になったらいつでも言ってくれって」と言い、それでようやく太田さんの言いたいことがわかった。

 言われるままに資産運用の提案をし、ところどころ大倉主査が補足してくれた結果、太田さんは私の提案プランにとても満足してくれた。

 そして、3億円の契約書類に判を押してくれたのだ。

 そんな高額の契約なんて初めてのことだったので、契約後だというのに緊張がとけず、太田さんのお宅を出るときにお庭の石畳につまづいたぐらいだった。

 支店は久しぶりの高額契約に盛り上がったが、唯一、梨花だけはその盛り上がりに参加しなかった。

 まあ、それも仕方ないと思う。

 自分が狙っていた契約を全部私に持って行かれただけでなく、太田さんには暗に訪問拒否されているのだ。今までの必勝パターンがものの見事に崩れてしまったのだから、心中穏やかではないだろう。

 ただ。

 心中穏やかではないのは、私も同じだった。

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