君の手が道しるべ
夕方、静かになった営業室に内線電話の呼び出し音が鳴った。

 栞ちゃんや梨花は30分ほど前に退社していて、今、営業室に残っているのは、業務課の課長と私の2人だけだ。 
 私のデスクの電話に赤ランプが点灯している。

「——はい、永瀬です」

「お疲れ様です。大倉です」

 大倉主査が内線をかけてくることは滅多にない。少し驚きながらも、「お疲れ様です」と決まり文句を返した。

「今、大丈夫ですか」

 電話越しの大倉主査の声がいつになく硬い。

「かまいませんけど、どうかしましたか?」

「ちょっと話がしたいんです」早口で大倉主査は続ける。「店の中ではあれなんで。ちょっと、外で話せないかと思って」

「……あの、池田産業さんの件だったら、別に気にしてないですから」

 つとめてゆっくり、穏やかに聞こえるように答える。

 思ったとおり、大倉主査の用件はそれだったらしい。彼にしては珍しく、声に動揺がにじんだ。

「そういうわけには……」

「ほんと、いいんです。気にしないでください」大倉主査の言葉をさえぎって、そう答えたが、大倉主査は引き下がらなかった。

「いえ。ちょっと話したいんです。今夜8時に、前に行った僕の友達の店で。お願いします」

 一方的にそれだけ言って、内線は切れた。

< 89 / 102 >

この作品をシェア

pagetop