君の手が道しるべ
その日が金曜日でなかったことを、これほど恨めしいと思ったことはない。

 翌日、朝起きて鏡をのぞき込んだときの衝撃ときたら——自分の顔がここまで醜くなるのかと驚いてしまったくらい、それはもう見事に泣きはらした顔だった。

「これ、どうやって元に戻したらいいんだろう……」

 もちろん、もとの顔だって決して美人ではない。でも、この泣きはらしたむくみ顔に比べれば何倍もましだ。
 あわてて電子レンジで作った蒸しタオルを顔に乗せ、昨日の夜の出来事を思い出す。

「あなたとは、結婚できません」

 その一言を、大倉主査は眉ひとつ動かさずに聞いていた。疑いの色をにじませた表情もそのままだった。まるで動画の一時停止みたいに、黙って私を見ている。

「……わかりました」

 やがて、彼は硬い声でそれだけ言うと席を立ち、静かに店を出て行った。

 そこから私はどうやって部屋に帰ってきたのか、記憶が曖昧だ。気づいたときには部屋にいて、服を着替えもせず、リビングの床にぺったりと座り込んでいたのだった。

 ずっと悩んでいたことの結論を出せたというのに、なぜこんなに気持ちが重いんだろう。
 涙が止まらないんだろう。

「しょうがないよ……」

 自分に言い聞かせるように口に出す。

 そう。しょうがないのだ。だって、私と彼とでは、育った環境があまりにも違う。その違いはきっと、埋められない溝になる。史子の忠告は、私の心の奥底で警報を鳴らしていた。

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