君の手が道しるべ
会社に着いても顔はいつものようには戻っておらず、またまた栞ちゃんをびっくりさせる原因になってしまった。

「どっ、どうしたんですか調査役!」栞ちゃんが目を丸くする。「両目がお岩さんみたいになってますけど」

 年齢のわりに古風な表現なのがおかしくて、つい笑ってしまう。

 笑うとまぶたの重いのがなおさら気になったが、なるべく明るい声で言った。

「大丈夫、大丈夫。ちょっと、昨日いろいろあって、目が腫れちゃっただけ」

「……ちょっと、とかいうレベルじゃないと思うんですけど。調査役、その顔で営業室出るんですか?」

 栞ちゃんは腕組みをして、じっと私を見つめる。

「もちろん。仕事だもん」

 つとめて平静を装うも、栞ちゃんの表情は険しいままだ。

「無理ですね。調査役、今日は帰って休んでください」

 きっぱりと言って、栞ちゃんは開いたままの私のロッカーをばたんと閉める。

「えっ、ちょっと栞ちゃん——」あわててロッカーに手を伸ばしたが、そのときにはもう栞ちゃんはロッカーの鍵を抜き、中から取りだした私のバッグを押しつけてきた。

「鍵は明日まで私が預かります。調査役は回れ右しておうちに帰ってください。今日は一日しっかり休んでください。支店長たちには私からちゃんと言っておきますから」

 有無を言わせないその態度に、私は圧倒されてしまった。そんな私を見ながら、栞ちゃんは言った。

「大倉主査と何があったか知りませんけど、大事なのは、調査役の気持ちなんですよ。それだけは、忘れないでくださいね」

「……なんで、そんなこと……」
 びっくりして訊き返すと、栞ちゃんはなんでもないことのように言う。

「わかりますよ。だって私、毎日調査役のそばで仕事してるんですもん。——直属の部下の目はごまかせませんよ」

「……」

「調査役は、プライベートを仕事に持ち込むなんて許されないって思ってるんでしょうけど、それも限度があると思いますよ」栞ちゃんはにっこり笑った。「今日はたしか帯同の予定もないですよね? 今日は自分を大切にする日です。そんな顔で営業室に出たら、藤柳さんが大喜びしますよ、昨日の今日ですもん」

 何も言えないでいる私の肩に手をかけると、栞ちゃんはぐいっと私を回れ右させて、ロッカールームの出口までぐいぐい押していく。

「はい、そういうことで、お疲れ様でした。明日またよろしくお願いいたします!」

 明るい声で私を廊下に押し出す。抵抗する間もなく、ロッカールームのドアが背後でばたんと閉まった。
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