君の手が道しるべ
仕事も、大倉主査とのことも。
 私は、自分がどうしたいのか、まったくわかっていない。
 そのことが、突然、心の中に閃いた。

「ああ、そうか……」

 私は小さくつぶやく。
 いつか何かの本で読んだ言葉が、心の奥底から浮かび上がってくる。

『どうしたらいいか、ではなく、どうしたいのか。こうあるべき、ではなく、こうしたい、で考えよう』

 どうしたらいいか、で考えると、答えは出ない。何が正解かもわからないのに、正解につながる行動を選び取るなんて不可能だ。

 私が「どうしたいのか」で考えれば、もっと思考はシンプルになる。私がしたいこと、望むことは何か。まわりのことより、自分のことをまず考えてみる。

 そんなことすら気づけなかった自分の思考の固さに、思わず苦笑した。
 
 そうか。
 私の人生だ。
 私の人生の舵を取るのは、私しかいないんだ。
 人から見たらきっとそれは当たり前のこと。けれど、私にとっては、とても大切な新発見だ。

 じゃあ……私は、自分の人生を、どうしたいと思っているんだろう?

 いつの間にか始業時間を過ぎたらしく、ラッシュの人並みは途切れている。少し遅めの出社中らしい人たちがカフェの前を通り過ぎていく。

 すこしぬるくなり始めたカフェオレを、あらためて一口、二口と飲んだ。胃の底にたまる感覚に、朝から何も食べていなかったことを思い出す。

 カフェのレジ横に、おいしそうなパンがあった。私はゆっくり立ち上がりながら考える。まずは、何か食べよう。それから、ゆっくり考えよう。栞ちゃんがくれた貴重な一日を無駄にしないために。

< 94 / 102 >

この作品をシェア

pagetop