この空を羽ばたく鳥のように。
ええ、たしかに私は弟に色目を使い、誘うような真似をいたしました。
けどあれは自分の先行きが不安で、あの時はすごく心が揺れていて、だからつい喜代美の優しさにすがりつきたくなったというか、温もりを求めてしまったというか。
でもそれは、一時の気の迷いだから!!
ただそれだけだから!!
「そっ、そんな訳ないでしょっ!? 喜代美は弟!それ以外なんでもないわ!?」
自分に言い聞かせるため、語尾を強める。
おますちゃんも今までの私をよく知ってるから、
「冗談よ。そんなに怒らないでよ」
なだめて苦笑すると、それ以上は突っ込まないでくれた。
ホッと胸を撫で下ろす。
喜代美に対するこの訳の分からない気持ちを探られたくはなかった。
屋敷の前に着くと、私はおますちゃんをうちへ誘う。
「ちょっと寄っていかない?」
おますちゃんもふたつ返事で頷いてくれたので、彼女の女中を先に帰して一緒に屋敷の門をくぐった。
「……あら?」
すぐ目の前の玄関で、誰かが立っている。
若侍だが喜代美より年上の……先輩かしら?
「あ……おかえりなさい。さより」
応対していたみどり姉さまが、私に気づいて顔を覗かせる。
それにつられて振り向いた若侍の顔を見て、私は声をあげた。
「あ……八郎さま!?」
八郎さま。喜代美の兄君。……どうしてうちに?
「これは……さよりどの」
八郎さまも私を見て驚いた表情を見せるも、柔らかく目を細めて微笑んだ。
笑うと喜代美に似てる。
普段は精悍なお顔をされているのに、笑うと優しい雰囲気がいっきに広がる。
「いま八郎さまが、お実家のぼたもちを届けてくださったの」
みどり姉さまが受け取った重箱の包みを軽く掲げて見せた。
「母に言付かって参りました。ぼたもちをこしらえたので、少しばかりお裾分けにと。
差し出がましいことですが、喜代美の好物でしょう?
母心とご容赦願い、どうか受け取っていただけませんかとお願いしていたところです」
「まあ……ありがとうございます!喜代美がとても喜ぶわ!」
ぼたもちは喜代美の大好物。
ご母堂さまがこしらえたものなら格別だろう。
喜ぶ喜代美の顔が浮かんで、私も嬉しくなって満面の笑みを見せた。
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