この空を羽ばたく鳥のように。
 



となりに座ると、喜代美は掴んでいた手を離して優しく訊ねる。



「どうしたのですか。なんだか元気がありませんね」


「えっ」



ドキッとして、喜代美を振り向く。

彼は櫛のことで機嫌を損ねるふうもなく、いつもの穏やかなまなざしを少し心配そうに曇らせ、私を見つめていた。


内心うろたえつつも、先ほどと同じように明るい声で笑ってはぐらかす。



「べつにいつもと同じよ?なんでそう思うの?変な喜代美!」



目をそらして、わざと強がってみせる。

けれど喜代美は、変わらぬまなざしのままで言った。



「わかりますよ。いつも見ておりますから。
様子がおかしければすぐに分かります」


「――…!」



胸が締めつけられ、思わず喜代美を見つめる。

彼のまなざしは変わらない。

いつもの穏やかな優しさで、包み込むように私を見つめる。



「はじめはまた何か姉上を怒らせるような真似をしたかと思いましたが、どうやらそうじゃない。

何かあったのなら話して下さい。少しは気が晴れるかもしれません」


「喜代美……」



喜代美は私を「姉」として大事に思ってくれている。

けれどそれが、私を勘違いさせ苦しめる。



泣きそうになる心を必死で抑えながら目を伏せた。



「……きっと疲れたのよ。祭りだなんだって、朝からはしゃいでいたから。
夜になって、今ごろ疲れが出てきたんだわ」



自嘲気味につぶやくと、彼は安心したように笑みを漏らす。



「そうですか。……それなら」



喜代美は浴衣の袂から油紙に包まれたものを取り出すと、それを私の目の前で広げてみせた。



「……鳥飴」


「よかった。やっと渡せます。
本当は、帰ってすぐに渡したかったのですけれど」



喜代美は目を細めて言う。



「疲れた時は、甘いものが一番ですよ」





竹串の先にちょこんと刺してある、赤と緑の二色の筋が入った白い飴。

名前の通り、鳥の形をした飴。

それは山を飛び立つ鳥ではなく、水辺に住む鳥の形を成しているものだった。



それを見たとき、私の脳裏に、以前 喜代美とふたりで見上げた、薄茜の空を力強く飛んでゆく白鳥たちの美しい姿が思い浮かんだ。



(―――ああ、そうだ)



私はこれを、ずっと楽しみにしていたんだった。




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