この空を羽ばたく鳥のように。

* 五 *

 





おますちゃんが嫁ぐことになった。



許嫁のお方が勤番交代で上洛するにあたり、祝儀が早まったのだ。



お相手は、喜代美の実家から甲賀町通りを越えた同じ本四之丁に住む家禄百八十石の番頭組・下平英吉さま。



今までは近所だったから気楽に遊びに行けたのに、嫁ぐとなるとそれも叶わなくなる。



「とうとう、おますちゃんが嫁いでしまうのね……」


「まさか、おますちゃんに先を越されるなんてね」



うちへ遊びに来たおさきちゃんと私は、縁側に座りそうぼやく。



大きな喜びはあるが、会えなくなる寂しさと、武家の妻女として一歩大人になる彼女に遅れをとったわずかな焦りが胸の中で絡みあう。



「そういえば、おさきちゃんの兄上も都へ参るのですってね」



私が言うと、おさきちゃんは少し悲しく笑った。



「ええ……そうなの。寂しいけどお勤めだもの。しかたないわ」



おますちゃんの許嫁、おさきちゃんの兄上。
そして喜代美の長兄•金吾さまと、わが津川家からも主水叔父さまがそろって上洛することとなった。



京の都で容保さまと家臣の皆さまは、厚い信頼をよせられていた孝明天皇を失い、幕府をどう立て直し存続させるかを大樹公と共に探っておられる状況だ。


西国の長州や薩摩が倒幕をもくろみ、幕臣たちと睨み合うなか、そんな危険なところへ大切な人を送り出すなんて、
おさきちゃんもおますちゃんも言葉にこそ出さないが、きっと不安な心持ちに違いない。
それは私も同じだもの。



この日本国は、この先どうなってしまうの?

武力衝突は避けられないものなの?



私達は京から遠いこの山国会津で、安穏に過ごしながらも、漠然とした不安を拭いきれずにいた。










※大樹公(たいじゅこう)……徳川将軍のことを指す。ここでは徳川慶喜のこと。



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