この空を羽ばたく鳥のように。




 ひとしきり泣いたあと、握りしめていた櫛を再び見つめる。どんなに角度を変えても、もう八郎さまは映らない。

 けれど、あれは確かに見間違いなんかじゃなかった。



 (……ああ、やはり喜代美の言ったとおりだ)



 八郎さまは私に偽りを申していた。
 想いは、まことだったのだ。
 でなければ、八郎さまの魂が私のもとに現れるわけがない。



 (この櫛には、八郎さまのまことの心が宿っている)



 抱きしめるように櫛を胸にうずめる。
 あまりの申し訳なさに、また涙が落ちてゆく。



 「許してください、八郎さま。浅はかな私を、どうか許して……」



 後悔の念が、波のように幾重にも打ちよせた。



 (―――ああ。私も皆と同じだ)



 おたかやみどり姉さまと同じ。
 彼に冷たい態度をとったひとり。


 八郎さまの好意を、わずかなりとも迷惑に感じていたのは私。
 誰よりも疎んじていたのは私。


 喜代美にあらぬ誤解を招き、仲がこじれてしまったことも、私はどこかで八郎さまのせいにしていた。


 八郎さまの本心に気づこうともせず、からかわれた腹いせに彼の詫びる言葉をはねつけ、ろくな挨拶もせずに別れてしまった。


 八郎さまは、最後まで私と喜代美の幸せを願ってくれたのに。



 (悪いのは、すべて私だ)



 悔やんでも悔やんでも、くやみきれない。

 私の罪は、もう許されることはない。





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