この空を羽ばたく鳥のように。




 表情を変えぬまま告げた喜代美を、冷徹に見つめながら父上が口を開く。



 「喜代美、わしを侮るつもりか。そなたの偽りを見抜けぬ父ではないぞ」



 厳しい口調で、重々しくおっしゃる。
 喜代美の目が、一度だけ左へそれた。



 「たとえいま申したことがまことであろうとも、父の命に従うが子の道じゃ。
 何のためにそなたを養子に迎えたか、その役目を果たさぬつもりか」



 言葉に威圧をかける父上に、喜代美はもう一度両手をつかえると深々と頭を下げた。



 「今まで育てていただいたご恩を、このような形で裏切ることをお許し下さい。
 ですが我々士中二番隊は、先日家老萱野権兵衛さまに建議書(嘆願書)を提出いたしました。
 その結果、我々は軍事奉行の配下に置かれることとなり、
 萱野さまからは、いつでも出陣できるよう心掛けよとのお言葉を賜りました」

 「なんと……!」



 驚く父上を、手をつかえたまま顔を上げた喜代美が、鋭いまなざしで射抜くように見上げる。



 「我々の出陣は間もなくです。父上」



 あまりの事のなりゆきに、喜代美が言っていることに、頭がついてゆかない。



 (今 目の前にいるのは、本当に喜代美なの?)



 私が知ってる喜代美は、こんなふうに自身の主張を押し通す子じゃない。
 いつも控えめで、つねに相手の考えを(おもんぱか)り、両親の言い付けに素直に従う子だったのに。



 「出陣の日が近いのなら、なおのこと相続と祝言を急がねばならぬ。よいな、喜代美。これは父の命じゃ!」



 焦りなのか、苛立つように口調を強める父上に、喜代美は怯むでもなく静かに首を振るだけ。



 「他の家ならそうする必要もありましょうが、わが家は不要と存じます」

 「なに……!?」

 「私は、この家の血脈ではございませぬ。
 出陣までの短い日に、わざわざ子胤(こだね)を残す必要はないのです」

 「喜代美、わしに意見を申すというのか。この父に」



 腕組みを解いて膝に置いた拳を怒りに震わせながら父上が呻く。
 押し黙る喜代美と憤る父上を、家人達はハラハラしながら見つめた。


 こんなに父上に逆らう喜代美を見たのは初めてだった。





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