この空を羽ばたく鳥のように。
 



喜代美のもとに回章文が届けられたのは、家並み触れのあとのにわかに慌ただしくなったさなかのこと。



男子の登城ということで、家では喜代美の支度を急がせようとバタバタしているところだった。

父上ももう六十三歳になられるけど、この危急の時に屋敷にこもっておられぬと、ご自身も登城の支度を整えておいでだ。



そんなとき、ふいに声が聞こえた。







「―――お頼み申す!喜代美どのに、いそぎお取り次ぎ願います!」



玄関から張り上げられた凛とした声に反応して、居間にいた喜代美がすぐさま足早に玄関へ向かう。



その姿を見かけて、大急ぎで朝餉とお弁当の準備に追われていた私とみどり姉さまも、それを投げ出し外からまわって玄関に出た。





表で立っていたのは、以前にも見かけたことのある喜代美の友人で、同じ白虎士中二番隊の嚮導(きょうどう)役を務める篠田儀三郎どの。

背後に現れた私達に気づき、彼は軽く会釈する。



「ご苦労さまでございます」



ふたりで深くお辞儀を返すと、私は玄関の式台に座り回章文に目を通す喜代美の様子をうかがった。





「儀三郎どの、委細承知いたしました。次の者に回章文を届けましたら、すぐに支度を済ませ馳せ参じます」



回章文を読んでいた視線をあげる喜代美を見たとき、ドキッとした。



その顔つきは私に見せるそれとは違い、男らしくしっかりとしたものだった。
輝くばかりの眼光をまっすぐ友人に向けている。



彼と同じ気持ちを抱いているだろう儀三郎どのも、それを受けて強く頷いた。



「ああ。だがあわてるな。集合までにまだ時間はある。それまでに……心残りはすべてなくしておいたほうがいい」



言いながら、儀三郎どのはちらりと私を一瞥する。

喜代美は少し困ったように笑った。



「ありがたいですが、気遣いは無用です。皆に遅れをとるわけには参りません」







『心残り』………。







「……そうか」



得心したように、儀三郎どのはふっと笑う。

それから「支度があるのでこれにて御免」と、流れる所作でお辞儀をすると踵を返して立ち去った。





その背中を見送ると、喜代美は回章文を手にしたまま奥へと姿を消す。

きっと支度を整えている父上とそれを手伝う母上に、回章文が届いたことを伝えにゆくのだろう。



胸に当てた手を、ぎゅっと握りしめる。






それは喜代美たち白虎士中二番隊が、きたる敵の襲来のためお城に待機するのではなく、あるお役目を下されての招集なのだと理解していた。







とうとう―――白虎士中二番隊にも、出陣命令が下されたのだ。








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