この空を羽ばたく鳥のように。



 それを奥女中の娘が教えてくれた。



 「倒れたあなたをそばにいたご家中の方に運んでもらい、大書院まで連れて参ったのですよ」

 「あなたが?……それはありがとうございました。難渋おかけして申し訳ございませんでした」



 驚きつつお礼を言うと、彼女は笑ってうなずく。



 「あの……あの方は、あの山吹色の着物を着た方は、いかがなされましたでしょうか」



 続けて訊ねると、それには表情を曇らせて首を横に振った。



 「ご家中の方のご尽力で、亡骸はなんとかご城内に運ぶことができました。きち子さまが手厚く埋葬するようお取り計らいくださりました」

 「……そうですか」



 ああ、あの方は助からなかったのだと解ると、うなだれて目を閉じた。

 まぶたの裏には、気を失う前に見た彼女の姿が浮かんでくる。

 あのとき、彼女は微笑んだ。この先 自身に起こりうることを従容と迎え入れる笑みだった。その刹那、身体からいくつもの血の花が咲いて彼女は倒れた。助からないことは明白だった。



 「あの方は最初からそのお覚悟でしたのでしょう」



 奥女中の娘の声音を落とした言葉に、目を開けて彼女を見つめる。私の脇に腰を下ろして彼女は続けた。



 「西出丸に集まりしとき、(みずか)ら申しておりました。

 あの方のご主人は白河の(いくさ)で負傷し、ご自宅で療養されていたそうです。ですがこの度の西軍の城下侵攻の報に際し、討死覚悟で郭門を守ろうと、いまだ癒えぬ身体を引きずり槍を掴んで出てゆかれたとか。……ですからあの方も、主人(あるじ)と同じ道をゆかれたのでしょう」



 夫は郭門を守るために。妻は城門を守り抜くために。


 郭門はどこもすでに破られた。夫は生きていまい。彼女もそれを理解していただろう。


 讃岐門から敵を追い払ったとき、私達は城門を守り抜けた喜びに沸き立った。

 彼女はその誇らしい思いを、先に旅立った夫に いち早く伝えたかったのだろうか。命を無理やり断ち切ろうとするほどに。

 それは愚かな行為のようで、実に尊いことのようにも思える。

 今頃は夫婦ともに寄り添い、ともに過ごした日々を穏やかに語っておられるのだろうか。


 ポタリ、目から涙が落ちる。



 「ほら、また。あなたは本当に泣き虫ね」



 奥女中の娘はからかうように言う。けれど今度ばかりは素直にうなずいた。



 「ええ、そうですね。本当に私は泣き虫です。本当に……」



 ひとつ 悲しみに遭遇するたび、泣いてしまう。
 やるせない気持ちが涙となって流れ落ちる。

 静かに泣き続ける私に、彼女は言った。



 「あなたは感情に駆られて短慮な真似を起こさぬことです。せっかく助かった命なんですから」


 言われて気づく。

 そうだ。どうして私は無傷でいられたのか。










 ※従容(しょうよう)……危急の時でも落ち着いた、ゆとりのある様子。

 ※(とうと)い……敬うべきさまである。価値が高い。すばらしい。


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