この空を羽ばたく鳥のように。



 やっと洗濯を終えて、再び大書院に戻ろうと、もと来た道を辿る。

 目の前は、いろんな人がごった返していて、誰も彼もが慌ただしい。
 皆が殺気立って先を急ぐから、歩くのも容易ではない。ぶつからないよう周囲を窺いながら歩を進める私の視界に、見覚えのある後ろ姿が映った。



 「―――源太!」



 胸がざわつく。名を呼び、その人のもとへ駆け寄る。

 見知らぬ青年武士に肩を担がれて歩く源太が、振り向いて私を認めると、安心したように弱い笑みを見せた。



 「さよりお嬢さま……よかった、ご無事でしたか」

 「私のことなんかより……源太、足が……!」



 こちらは安心して笑みを返すどころじゃない。

 源太は右脚のふくらはぎを撃たれ、止血のために縛っていた木綿布も真っ赤に染まっていた。他にも身体のあちこちに斬られた痕があり、多く血を失ったのか、源太の顔は蒼白になっている。

 私も同じように血の気が引いた。



 「源太……!」



 泣き出しそうな顔で立ち尽くしていると、源太を支えていた青年武士が落ち着いた様子で口を開いた。



 「娘さん、落ち着いて。源太は西出丸の城門の手前で撃たれた。すぐにでも医師の手当てを受けたい。救護処はどこだね?」

 「あ……、はい!こちらでございます!」



 訊ねられ、ハッとして頷くと、大書院へ案内するため先立って歩き出す。

 大書院に着くと、気が動転している私の代わりに、青年武士が源太を空いている場所に下ろし、すぐさま手透きの医師を連れてきてくれた。



 「ふむ……弾は貫通しておるし、骨も砕けてなさそうだ。他の傷も出血のわりにはみな浅手のようだし、この者は運が良かったな」



 医師にそう言われ、青年武士と私はホッと安堵の息を漏らす。

 消毒を済ませ、傷の縫合をすると、医師は戻っていった。麻酔がまだ行き届かぬ時代、気力だけで縫合の痛みに耐え抜いた源太は、横になりぐったり目を閉じている。


 源太の状態がとりあえず落ち着くと、お碗に汲みたての水を満たして青年武士に差し出した。

 「これはありがたい」と受け取って、水をいっきに飲み干す。髷はとうに落としたざんぎり頭で、けれど洋装ではなく着物姿というちぐはぐな恰好は、他の藩士同様、ところどころ衣服がほつれ、ボロボロの(てい)をしている。

 激しい戦闘の中に身を投じてきた証拠だ。肩に巻いた(さらし)から、血が滲み出ていた。



 「あの……貴方さまもケガをなされておいでですよ」


 心配して声をかけると、肩の血に気づいた青年武士は平然と答えた。



 「ああ、これは今しがた負った傷ではないので お気にめさるな。以前受けた傷が、先ほどの戦闘で開いただけです」

 「いいえ……!すぐ先生に診てもらってください!けして侮ってはなりません。それで命を落とす者もいるのですから」



 今までも、傷は浅いと侮って治療を怠った結果、容体が急変して命を落とす者を幾人か見てきた。そのせいで余計に強い口調になってしまうと、彼は苦笑した。



 「ご心配、かたじけない。わかりました、診察を受けましょう」



 その言葉にホッとして、居住まいを正す。



 「本当にありがとうございました。貴方さまが連れてきてくださらなかったら、源太は今頃 生きてはおりませんでした。身内に代わり、深くお礼を申し上げます」



 源太とそう年も変わらなさそうな青年武士に、手をつかえてあらためて丁重なお礼を述べると、彼は「なに、気にする事でもない」とからりと笑った。



 「ともに死線をくぐった仲だ。それに源太とは年も近いせいか、なぜか気安うてな」



 源太、と親しく名を口にする。もしかしたら源太の長年の知己かと思い、



 「よろしければ、お名前をお聞かせ願えますか。源太の恩人のお名を、家族にも伝えたいと存じます」



 名を訊ねると、彼は屈託なく笑った。



 「私か。私は、山浦鉄四郎と申す」










 ※知己(ちき)……自分の心をよく知ってくれる人。また、単に知り合い。知人。


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