この空を羽ばたく鳥のように。
とっぷりと日が暮れてから、喜代美は帰ってきた。
帰りに夜話(什の夜の集会)に出ていたらしい。
帰ってそうそう、父上と母上は喜代美を呼び寄せ、今日のことをあれこれと聞きたがった。
喜代美も気の毒なことだ。
私は別に、聞きたいとは思わない。
だってどうせ、喜代美の帰りを待ち侘びていた早苗さんが、訊かなくてもぺらぺらと喋ってくれそうだから。
(……想像しただけでうんざりだ)
さっさと寝てしまおうと床に入る。
これでも今日は、私もいろいろと気を張っていたのだ。
すぐとろとろと眠りの底に意識が引き込まれてゆく。
そのまま眠ろうとする私を、遠慮がちに呼び起こす声がした。
「……姉上」
「ん……」
「さより姉上」
「……喜代美?」
途端に眠りから引き戻される。
眠たいまぶたをこすって声の主を探す。
「姉上。こちらへいらしてください」
どうやら喜代美は中庭にいるようだ。
床を抜けだし中庭に面した障子を開けると、月明かりの下に彼は佇んでいた。
空を見上げていた喜代美が、私の姿を認めていつものように目を細める。
「見てください。きれいな月夜ですよ」
そう言う喜代美のほうが、月明かりに照らされて妖艶な美しさを醸し出している。
その微笑みに、うかつにも見とれてしまった。
あんたのほうがキレイよと、言いそうになるところをかろうじて呑み込む。
かわりに口から出たのは、不機嫌な文句だった。
「あんた、そのためにわざわざ起こしたの?」
喜代美はうつむいて恥ずかしそうにうなじを掻く。
「申し訳ありません……本当にきれいだったもので。
ほら、姉上もこちらに来てごらんください」
喜代美は目元に笑みをたたえて、すっと細く長い腕を伸ばし、私に手を差し出してきた。
訳も解らず、ドキンと胸が鳴る。
「じ……っ、自分で降りられるわよ!」
なんだか恥ずかしくて、わざと喜代美から離れて中庭に降り立つ。
やり場のない手で、喜代美は困ったようにまたうなじを掻いた。
目が冴えたからしかたなく夜空を見上げる。
すると明るい上弦の月とたくさんの瞬く星たちが、すぐさま視界の中に飛び込んできた。
「わあ……」
確かに喜代美は、嘘をついていなかった。
今夜の空は格別きれいだった。
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