この空を羽ばたく鳥のように。



 皆で照姫さまの御座所へゆくと、ちょうどこう子さま達が照姫さまの御前で今までの経緯を報告しているところだった。

 邪魔をしてはいけないと思い、私達は広縁で控えることにして照姫さまとの面会が終えるのを待つ。

 報告に耳を傾けられている照姫さまは、籠城の疲れもおありなのだろう、頰の肉が落ちた翳りある面持ちで、膝に乗せた(ちん)の背中を撫でながら静かに仰せられた。



 「……そうか。竹子が……」



 竹子さまのお名が出て、思わず顔をあげて様子を窺う。
 照姫さまの御前で伏しているのは、岡村すま子さま、依田まき子さまと妹の菊子さま。皆 薙刀で敵を打ち払い照姫さまをお守りしようと道場で励んでおられた方がただった。
 そしてこう子さまと、そのとなりに優子さんのお姿がある。けれど どこを見渡しても竹子さまのお姿はない。



 (……まさか、どこかお怪我でも)



 胸騒ぎを覚える私の耳朶(じだ)に、受け入れがたい現実が届いた。



 「あの竹子が討死とは……さぞや勇ましい最期であったろう。残念じゃな……惜しい者を亡くした」



 竹子さまが――――討死。



 クラリと眩暈(めまい)がした。
 心が大きな何かで張り手を喰らったよう。

 出迎えにきた婦人達にも衝撃が走り、場がざわめく。


 まさか、まさかあの竹子さまが。



 「それは……それは何かの間違いでございましょう?」



 竹子さまの死を受け入れたくなくてつぶやく。
 照姫さまの御前ということも忘れて。



 「嘘ですよ。あの竹子さまが討死だなんて……そんなことあるわけがない。だって、だって……竹子さまは……」

 「さより!」



 となりに控えていたみどり姉さまが小声で制する。
 こう子さまや優子さんが振り返り、他の方がたの視線も注がれる。

 照姫さまお付きの瀬山さまが「これ!」と窘める声をあげたけれど、照姫さまが手でこれを制した。



 「お前は、竹子と親しくしていた者か」



 照姫さまから直にお声をかけられハッとする。場をわきまえない振る舞いをしたことにようやく気づいて、萎縮して深く頭を下げた。



 「よい。面をあげよ。聞かれたことを申せ」



 照姫さまに促され、ためらいつつ頭を少しあげると目線を床に向けたまま口を開く。



 「はい……では申し上げます。わたくしは竹子さまとそれほど親しい間柄ではございません」



 周囲がざわめき、照姫さまと私のやりとりに息を呑む気配が伝わる。



 「ではなぜ、かように取り乱す」

 「それは……それは、竹子さまにもう一度、薙刀の手合わせを受けていただく約束をしていたからでございます」



 『この先 何が起ころうとも、前を見据えてゆく覚悟』



 あの日、試合に勝つことで覚悟を決められると言った私に、竹子さまは負けることで背中を押してくださった。

 そして微笑んでおっしゃった。



 『またお手合わせいたしましょう。今度は負けたりなどしませんよ』



 竹子さま。

 あなたが温情を込めて与えてくださった覚悟なのに。

 あなたを失ったことで、こんなにも揺らいでしまうなんて。

 

 その場でボロボロと涙をこぼす。
 堪え切れない悲しみと悔しさが一緒に溢れてくる。



 「そうか……薙刀が、お前と竹子をつなぐものであったか」



 静かに仰せになる照姫さまに対して、両手で涙を拭うとあらためて手をつかえた。



 「竹子さまはわたくしを同志と呼んでくださり、薙刀に精進する悦びを教えてくださりました。
 わたくしにとっては、師であり、同志であり、またかけがえのない大切な友と思える存在でございました」

 「……かように思われて竹子も嬉しかろう。
 ここにいる者はみな、竹子の勇姿を忘れまい」



 照姫さまのお言葉に、こう子さまも口に手を当てて嗚咽を漏らす。
 優子さんも、再び私の目からも涙が溢れた。
 触発されるようにまわりの婦人からもすすり泣く声が続き、御座所は悲しみに包まれた。


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