この空を羽ばたく鳥のように。



 あさ子さまは語り終えると、肩の荷が下りたのか呆けた顔つきになった。

 えつ子さまが深いため息をつく。そして首を振りながら口惜しそうにつぶやいた。



 「だからあれほど申したものを……乳飲み児を抱えた身で、お城まで向かうのは大変な事だと分かり切っていたのに……!
 わたくしとともに津川さまのお屋敷に避難しておれば、こんなことには……」

 「えつ子さま、それはしかたがないというものです」



 ひでさまの思いを考えれば。
 だって家を守るのが妻の勤めだもの。

 本一之丁のあたりで亡くなられたという事は、ひでさまは入城しようとなされたのだろうか。

 けれど私達がそうだったように、城門は早くに閉ざされ行き場を失った。
 迷っているところへ、本一之丁から河原町口へ逃げる避難者に押し流されるように西へ向かう途中で流れ弾に当たったのかもしれなかった。



 「今も必死で戦っておられる惣左衛門どのに、なんと伝えたらよいか……」

 「今さら悔やんでも、もうどうにもなりますまい。諦めることです。それが運命だったのでしょう」



  お祖母さまは表情のないお顔で仰せになられたが、そう簡単に割り切れるものでもない。

 あの時 ああすれば、こうすれば。
 もっと違う現実になっていたかもしれない。
 そう思う岐路(きろ)はたくさんあった。

 もしも選択を変えていたならば、竹子さまもひでさまも生き(ながら)えることが出来たのかもしれないのに――――。



 込み上げる憤りや後悔を抑えて、えつ子さまは手をつかえると深々と頭を下げた。



 「あさ子さま。わたくしどもに報せるため、わざわざお越しくださり、誠にありがとうございます」



 重苦しい表情でお礼を述べると、あさ子さまは翳りある目を伏せて首を振る。



 「いいえ……こちらこそ、お詫び申さなければなりません。忙しさに追われて、ご報告が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした」

 「とんでもないことでございます」



 あさ子さまは魂の抜けたような表情で続けた。



 「わたくしも入城する前に、義母(はは)八歳(やっつ)になる娘の介錯をして参りました。ですから、お苦しみは充分お察しいたします」

 「まあ……!」



 驚く私達に、あさ子さまは入城するまでのいきさつを話して聞かせた。


 二十三日の朝、あさ子さまは割場の鐘が鳴り響くと、白無垢の着物に白襷(たすき)、小袴を穿()いて頭髪に白鉢巻を結び、袖印に「河原善左衛門妻」と書いた布を縫いつけ、薙刀を小脇に抱えると、義母と娘、それから縁戚の高木家の姉妹ふたりと中間(ちゅうげん)を連れて屋敷を出た。

 夫とともに戦に臨もうと、意気軒昂としてついて行った次男は、前日のうちに中間を迎えにやり、実家の原家へ届けている。

 本一之丁を上ってお城に入ろうとしたが、銃弾がしきりに飛び、避難者は西へ西へと流れてくるのでとても進めない。
 しかたなく引き返して実家へ行ってみたが、すでに家人は家を立ち退いたあとだった。

 その後 河原町口を出て伯母の家へ行ってみたが誰もおらず、流れに流れて石塚観音堂の境内にやっとたどり着いた。

 疲れ果て、石塚観音堂の階段に腰かけて休んでいる時、事件が起きた。



 「もはや入城の望みも叶わぬのであるから、死すべき時が来たのでしょう。
 常づねから信仰している、観世音菩薩の御前で死ねるなら本望です」



 言うが早いか、義母がいきなり懐剣を抜き放ち のどを突いた。

 不意のことに驚いて、急いで懐剣を奪い取ったがどうにもならない。

 義母は死にきれず、介錯を頼んだ。あさ子さまは心を鬼にしてその首を()ねた。

 そして娘を振り返り、「敵に捕らわれて殺されるよりは、母の手でお祖母さまのもとへ送ってあげます」と言い聞かせると、娘はおとなしく両手を合わせ首を差し出した。
 気も狂わんばかりの思いで、あさ子さまは娘の首を斬り落とした。

 義母と娘のふたつの首は、風呂敷に包むと同行していた中間に「大窪山(おおくぼやま)にあるご先祖さまの墓のそばに埋めておいてください」と託した。

 中間が首を抱えて立ち去ったあと、あさ子さまは高木家の姉妹と再びお城を目指し、何とか入城を果たすことができた。



 「わたくしは入城した後すぐに梶原さまに面会を求めて、外へ討って出たいと懇願しました。ですが聞き入れてもらうことは叶わず、ご老公さまと照姫さまの御前に召されて慰めのお言葉をいただき、照姫さまのお側女中として仕えることになりました」



 涙ながらに語る、すべてが悲愴だった。

 戦慄を覚え、私達は声をなくした。

 籠城の日 おさきちゃんが見かけた、白無垢を血に染めて入城したご婦人とは、あさ子さまのことかもしれないと思った。


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