この空を羽ばたく鳥のように。
明日出陣が決まった大部隊は、この夜 君公の御前に召され、労いと感謝のお言葉を賜り、餅と酒が振る舞われた。
兵士達は喜んで、これで死んでも悔いはないとばかりに酒を飲み、仲間と語らい、歌を唄って心ゆくまで盛り上がった。
「この賑やかさは、そのためなのですね」
楽しそうに思えた歌声がふいに切なく聞こえて 夜空を見上げながら言うと、 山浦さまがうなずく。
「そうだ。私もそこから酒をいただいてきた。だから」
山浦さまは再び源太の前に盃を持ち上げて、
「さあ飲め、源太。こちらも存分に飲み、悔いのない夜を過ごそう」
源太はじっと山浦さまを見つめた。そして一度だけ固くまぶたを閉じると、穏やかに微笑んだ。
「……はい。ありがたく頂戴いたします。今宵の貴重な時をともに過ごさせていただくこと、本当に嬉しく思います」
―――本当は、いってほしくないんだ。
でも、誰かがいかなくちゃいけない。
なら、自分もついていけたらいいのに―――。
(私も……何度 そう思っただろう)
その思いが痛いほど分かるから、盃を受け取り、注がれたお酒を大事そうに飲み干す源太を見つめて、つい感傷的になる。
源太が山浦さまに盃を返すと、私は徳利を手に取った。
「山浦さまどうぞ、私がお注ぎいたします」
「これは かたじけない」
お酒を注ぐと、山浦さまは気持ち良く盃を傾ける。
「ああ、やはり美しい女人に注いでもらうと、旨さが増すなあ」
「まあ、山浦さまはお上手ですね」
こんな煤けた顔で美人もないだろうと思ったが、山浦さまはそんな軽口をおっしゃって笑顔になる。
そのお顔に、明日死ぬかもしれないという悲壮感はない。
あさ子さまからうかがったお話では、河原善左衛門さまもそうだった。
なぜ殿方は、死に臨んでこんなにも平然としていられるのか。度重なる戦いに、死への恐怖を忘れてしまったのだろうか。
そう考えてから、はたと気付く。
私だって、死は怖くないと思っていたはず。
けれど、その日が確実のものとなるとどうだろう。恐ろしくはならないだろうか。
そう思うと、殿方の覚悟たらんや、女子には計り知れないものなのだと思った。
山浦さまはまわりの傷病者にも気さくに酒を振る舞い、ここでもちょっとした宴の様相を見せた。
まわりの人達も、ほんの少しのお酒で笑顔になる。これは山浦さまの人徳のなせる業だと感心する。
お酌のほうはお酒も嗜めるみどり姉さまにお任せして、私は少し座を外させてもらった。
大書院も例外なく畳をすべてはがして胸壁とした。なので傷病者は板敷きの上に布団もしくは筵を集め、そこに寝かされていた。
その中に足を踏み入れる。ちょうどおさきちゃんがその方のそばに付き添っていた。
「おさきちゃん、坂井さまのご様子はどう?」
私の声に反応して、おさきちゃんがこちらを見上げる。とても疲れた顔をしていた。
「ああ……おさよちゃん」
「大丈夫?だいぶ疲れているようだけど……。
私が看ているから、少し休んだほうがいいんじゃない?」
おさきちゃんの顔は真っ青で、全然休んでいないように思われた。
けれどおさきちゃんは青白い顔で弱く微笑む。
「大丈夫よ。もう少ししたら母上が交代してくれるから。ありがとう、おさよちゃん」
「そう……」
心配ながらもそれ以上無理強いせず、私もとなりに腰を下ろす。
坂井さまはあれから熱が下がらない。ずっと眠っていて、時々うなされたように目を覚ます。
ほとんど何も口にしていないから、彼の身体はどんどん衰弱していた。
弾薬や糧食ももちろんだけど、医薬品も足りなかった。与えられる薬は限られている。
坂井さまもただ容態を見守るしかなく、おさきちゃんは看護の仕事の合間を見つけては、坂井さまに付き添って彼が目覚めるのを待っている。
(坂井さま。頑張って……)
お願いだから このまま逝ってしまわないで。
どうかもう一度、おさきちゃんに笑いかけて。
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