この空を羽ばたく鳥のように。



 ふいに、西出丸から本丸へ続く石垣の上にある鐘撞堂(かねつきどう)から時を告げる鐘が響き渡った。
 八ツ(午後2時)を報せる鐘だ。

 先ほどの話を聞いて沈んだ心に、しみじみとした鐘の音が沁みる。



 「会津の鐘楼守(しょうろうもり)はすごい」



 鐘撞堂を見上げて、石井音次郎さまがおっしゃった。



 「入城してからこのかた、鐘が鳴らないときはない。実に正確に刻限を報せてくれる」

 「ああ、この雨霰と降り注ぐ銃砲弾の中でよくやってくれているものだ」



 私も同じように鐘撞堂を見上げながら答えた。



 「最初の鐘楼守は亡くなりました。次の鐘楼守も負傷して、(かね)()くことができなくなりました。ですが不思議と志願者が続くのです」



 鐘撞堂も天守と同じように敵の狙撃手の標的とされた。
 けれど鐘楼守は自分の身をさらす危険な仕事と認識していながら、斃れても倒れてもその任を引き継ぐ者が後を絶たなかった。

 この時を報せる鐘は会津戦争が終わるまで鳴り続いた。
 一説にはその正確さゆえに、(しま)いには敵の将校さえも自前の懐中時計を鐘の音で合わせていたという。

 そして今も鐘は荘厳に鳴り響き、城内外の兵士達を勇気づける。


 八ツの鐘が鳴って、私はにわかに慌てた。



 「そろそろ失礼しないと……。あ、南瓜は屯所のほうへ届けておきますので」

 「かたじけない。誰かしらいるはずなので、その者に渡していただきたい」



 その言葉にお辞儀で返すと、私は急いで屯所へ向かった。

 凌霜隊が屯所として使う蔵は二ヶ所あり、そのうちの大きな蔵のほうへ向かう。

 「ごめんください」と声をかけて蔵の中をのぞくと、小者の孫太郎と籐平がちょうど食事の支度をはじめようとしていた。
 ふたりは私に気づくとにこやかな笑顔を向けてきた。



 「これはさよりさま。勘吾らのお世話に参られたのですか?」

 「あ…いいえ。南瓜がたくさん手に入ったから煮物にして持ってきたの。
 先ほど斉藤さま達にもお会いしてお伝えしたのだけど、皆さまで召し上がってください」



 鍋を差し出すと、ふたりとも「ありがたい」と喜んでくれた。けれど孫太郎が心配そうにこちらをうかがう。



 「本当によろしいので?さよりさまのところも食糧が不足しておりましょう」

 「それはそうだけど……でも互いに助け合わなきゃ。勘吾と助四郎も凌霜隊のご厄介になってるんだし」

 「こちらのほうでも軍事局からお許しが出たのですよ。
 城下の焼け残った屋敷から、入り用な物を勝手次第に持ち出してもよいとの事で」



 孫太郎の言葉に籐平が嬉しそうに言う。



 「おかげでだいぶ食うには困らなくなりました。これで煙草があればいいんですがね」

 「ぜいたく言うな。さよりさま、よろしければ豆でも持っていかれませんか」



 ジロリと籐平を睨んでからこちらに笑みを向ける孫太郎に戸惑いながらもうなずいた。



 「そう……ありがとう、いただくわ」



 なんだか複雑な気持ちだ。

 軍事局は城下の焼け残った屋敷の食糧や金品を、敵に分捕られるくらいなら味方に取らせたほうがまだマシという考えなのだろうけど、持ち主にとってはどちらに盗られようが関係あるまい。口惜しい気持ちは同じだろう。

 源太が持ってきてくれた南瓜だってそうだと思うと、生きるためとはいえ申し訳なく思えてくる。



 「先ほど源太さんも立ち寄られまして、牛蒡と里芋を置いていってくだされまして」

 「えっ……?源太が来たの⁉︎ いつ⁉︎」



 思わぬところで源太の名が出て、血相を変えてふたりに詰め寄る。
 そんな私の様子に驚いて、ふたりは顔を見合わせた。



 「え、たった今出ていったばかりでございますよ。お会いになられませんでした?」



 面食らったように答える孫太郎に、私ははげしく首を振る。



 「いいえ、見かけなかったわ。姿なんてどこにもなかった!」

 「何か源太さんに急ぎのご用でもございましたか」

 「そうじゃない。そうじゃないけど……!」



 会いたい。その思いが私の心を掻き立てる。
 焦燥感でもう立ちあがっていた。



 「勘吾らのところへ向かったんじゃないですか?」



 籐平の言葉にうなずいた。
 きっとそうに違いない。

 「鍋はあとで取りに来るから!」と言い置いて蔵を出た。

 もうひとつの凌霜隊の屯所である蔵は、こちらの蔵から四間(よんけん)(約7.3m)ほど先にあった。

 中に駆け込み、源太の姿を探す。けれどどこにも見当たらなかった。
 いきなり飛び込んできた私に、勘吾と助四郎は目を丸くする。



 「源太は⁉︎ ここにいたんでしょう⁉︎」



 間髪入れずにふたりに怒鳴るようにして訊ねると、驚くふたりはこちらもたった今出て行ったばかりだと言う。

 心を落ち着かせるために深呼吸する。
 いったい何にこれほどまで拒まれているのか。

 すぐにまた蔵を出て、首をめぐらせ辺りを見回した。


 広い西出丸の中は凌霜隊、白虎隊の隊士達やその他の兵士が入り乱れている。胸壁に腰掛け談笑していたり、小銃の手入れをしていたり。壊れた箇所を修復するために忙しく駆けずり回っている人夫もいた。

 そんななか、本丸に戻る堀端の坂へ向かって、源太らしき男が歩いていくのが見えた。



 「待って……!」



 追いつこうと脇目も振らずに駆け出す。小石や瓦礫を踏んで足裏に痛みが刺さるけど、気にもかけずにがむしゃらに走った。

 そうして坂まで追いつくと、数間先を歩く源太の後ろ姿を見つけた。



 (間違いなく源太だ)



 聞きたいことが山ほどあるの。
 この機会を逃したくない。


 届くように、大声で叫んだ。



 「――――源太 ‼︎ 」




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