この空を羽ばたく鳥のように。



 私も後を追って縁側に出る。案の定、九八はすっかり身を整えて中庭に出ていた。皆も小田山方面で始まった戦闘に緊張した面持ちをしながら中庭で待っている。

 夜があけて空が明るくなり、差し込む朝日に照らされた源太が輝いて見えた。



 「たいへんお待たせいたしました」



 部屋から姿を(あらわ)した源太は張りのある声で言うと、待っていた家族に頭を下げる。
 えつ子さまが縁側まで来られて手にした草鞋(わらじ)を手渡すと、源太はにっこり笑ってお礼を述べ、縁側に腰掛けて草鞋を履いた。

 私も中庭に下りるとみどり姉さまのとなりに寄る。
 泣き声が漏れていただろうか、みどり姉さまは無言で労るような眼差しを向けてきた。私も源太との時間を作ってくれたことへの感謝の念を込めて頷くと、九八に視線を転じた。



 「あら九八……(はかま)穿()かなかったの?」



 みどり姉さまに身支度を整えてもらい満足気な九八は、上こそ与えた紺鼠の着物を着て(たすき)をかけていたが、下は彼がいつも穿いている股引(ももひき)のままだった。
 九八は真面目な顔になって首を振る。



 「袴はようございやせん。腰板があっていけねぇや」

 「そうなの?背筋がピンとなって、身も心も引き締まるでしょう?」

 「そりゃ、お武家さまの言い分ですよ。わしらにとっちゃ動きにくいだけです」

 「へえ……」



 見方を変えればそのようなものなのか。私はみどり姉さまと顔を見合わせ苦笑する。

 草鞋を両足に履きつけ立ち上がった源太が九八を呼ぶと、ふたりは揃って頭を下げた。



 「旦那さま。そして皆さま。我々の支度にお心を砕いていただき、まことにありがとうございました。
 旦那さまは私がお守りいたします。そして九八とともに、旦那さまがお役目を果たせるよう尽くしてまいります」

 「馬鹿者。老いさき短いわしの命など守らんで結構じゃ。それより軍事局からいただいたお役目を全うすることだけ考えよ」



 源太の言葉に父上はそう(いまし)める。源太は表情を和らげた。



 「いえ、旦那さまあっての私の命です。若輩の頃より旦那さまと奥さまのお世話になり、実家(さと)の両親よりも良くしていただきました。この恩は生涯かけて返していきたく存じます」

 「たわけが。忠実すぎる者は馬鹿を見るぞ」



 父上が呆れたようにおっしゃる。けれどそのお顔には柔らかな微笑が浮かんでいる。源太の言葉が嬉しかったに違いない。

 母上はいいえいいえと首を振った。



 「源太も九八もありがたい忠義者だわ。どうか旦那さまをよろしくお頼みしますね」

 「はっ!」

 「へえ!」



 ふたりが元気な声で応じると、「やれやれ」とつぶやいて父上はお立ちになった。



 「あ、さよりお嬢さま」



 ふと思い出したように、九八が声をかける。



 「わしらが出たあと、ここのお世話は助四郎に任せてありますんで。何かございやしたら助四郎を呼びつけておくんなせえ」



 その言葉に驚く。



 「え……助四郎も残ったの?じゃあ勘吾も?」

 「へえ、ふたりとも残りやした」

 「どうして?これからさらに危なくなるのよ?何でお城を出なかったの?」



 つい責めるように言ってしまう。本当は九八も助四郎も勘吾も、戦争とは無縁なところで生きていってほしいのに。

 九八はポリポリと頭を掻いて、何でもないことのように言った。



 「そりゃあ、ここを離れたくないからでしょう」

 「離れたくない……?」



 九八は「へえ」と、相変わらず間の抜けた返事をしてから続けた。



 「わしらは(ここ)へ来て、源太さまを始め、さよりお嬢さまや凌霜隊の皆さまによくしていただきやした。
 わしらのような農兵は、侍どもからまともな扱いも受けんで戦に従事しなきゃならんかったが、ここへ来て、まわりの方がたの温かさが身に沁みたんです。
 皆さまが残って戦うとおっしゃるなら、わしらもわしらの意思で共に戦いやす」

 「九八……」



 それを聞いて、以前九八から聞いた話を思い出していた。


 九八達は越後の山深い寒村の出だといった。
 働くこともせず、荒くれ者で通っていた九八達は村で厄介者と(けむ)たがられていたそうだ。そんな村人達を見返してやろうと戦に乗じて農兵として参加すれば、侍から人足のようにこき使われた。
 
 侍の権力を笠に着た理不尽な命令に反発し、やってられるかと隊を脱走したが、帰る場所もなく九八達は野盗になり果てた。

 そんな九八達の性根を叩き直し、慈愛の手を差し伸べてくれたのが源太だった。
 偶然にもそこに居合わせ、源太の優しい心に賛同してくれた凌霜隊の皆さまにも親切にしてもらった。

 彼らにとって、危険と隣り合わせのここは心地よい居場所となっていたのかもしれない。

 誰も自分らを蔑んだり嫌悪の目を向けたりしない。
 同じく戦う仲間として認められ、人としての扱いを受け、働くことで役に立ち感謝される。

 普段なら当たり前のように思えることを、こんな切迫した状況となって得られるなんて。



 「どうだ九八。憎たらしく思う侍にも、真心のわかる者がおるだろう」



 父上のお言葉に九八はニカッと笑って「へえ、おっしゃる通りです」と応えた。源太は困ったように肩をすくめる。

 九八達には侍というだけで忌み嫌わずに、自身の目で見極めていってほしい。



 「ありがとう……。本当にあんた達には助けられたわ。
 申し訳ないけど、これからも助けてもらうわね」

 「もちろんでさあ!」



 私の言葉にも九八は同じ笑顔を向けた。



 「いってらっしゃい。皆の帰りを待ってるから……」


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