この空を羽ばたく鳥のように。



 爆風と硝煙であたりは煙が立ち込め、昼間というのに薄暗い。煙が流れて視界が開けると、すべてを壊され見る影もないまわりの景色に助四郎とふたり愕然とする。


 ふいにコォーッという白鳥の鳴き声が耳の中を突き抜けた気がした。

 あわてて空を見上げてその姿を探す。―――が、雲と煙が相まった暗灰色(あんかいしょく)の空にその姿を見つけることはできない。



 (でも……きっとおられる。土津さまも、会津藩の窮地を一緒に戦ってくださるはず)



 そう考えると勇気を得た思いがした。拳をぎゅっと握りしめる。



 「助四郎、あんたは残ってていいのよ」



 顔を向けると、助四郎はニッと笑って(かぶり)を振った。



 「とんでもごぜえやせん。九八兄ぃからきつく言われとりやす。お嬢さまが行きなさるところ、必ず付き従えと。
 でねぇとお嬢さまは何をしでかすか分からんすけ」

 「まあ、信用ないのね!」

 「心配しとるんですよ。お嬢さまは源太さまの大切なお方じゃで、きっとお守りしろと兄ぃから言われておりやす。わしももちろんそのつもりです」



 顔を引き締めて真面目臭く言う助四郎に、つい笑ってしまう。その気持ちをありがたく思う。



 「……なら行きましょうか。くれぐれも頭上に気をつけてね」



 うなずく助四郎を供に、降りかかる砲弾を気にしながら、ふたりで駆けてゆく。


 軍事局の通達を守って皆どこかに潜んでいると思っていたが、思いのほか外に出ている人は多く、慌ただしく行き交っていた。いつもと変わらず仕事をしている婦人もいた。

 御殿などの建物は、砲撃の被害であちこちが崩れている。
 大量の黒米を炊くために新しく作った(かまど)も、何もかもすべてが吹き飛ばされていた。

 砲弾の爆発や爆風にさらされ、血まみれで息絶えている人の姿も見られた。五体満足に残っているのはいいほうで、身体の一部もしくは半身が千切れ飛んでいる亡骸のほうが多かった。

 目を覆いたくなる惨状に、自分もいつその姿に成り果てるかと恐怖が襲う。これでは自分で動けない大書院や小書院の傷病者達は、ただ死が訪れるのを待つしかない。


 山浦さまはご自身では動けないから心配だ。
 坂井さまは、今日明日にも白虎合同隊に復帰すると話していたから、もしかしてもう西出丸へ向かわれたのかもしれない。



 (ああ、どうかご無事で。土津さま。どうか皆を守ってくださりませ……!)



 祈りながら心を奮い起こし、大書院へと急いだ。



 大書院に着くのが、いつもよりだいぶかかったような気がする。中に入ると、目に飛び込んできた情景は、昨日より増して凄惨な有り様だった。
 絢爛豪華に造られた大書院は見る影もなく、天井は崩れ、床板にいくつもの大穴があいている。

 辺りは被弾した傷病者の血や肉塊が飛び散り、中には頭部と思われる髪の毛のついた脳みそ混じりの肉塊もあった。爆発の衝撃でそれらが血飛沫に染められた壁や床にベッタリ貼り付いているのだった。



 「ひどい……」



 胃の腑から酸っぱいものが込み上げて、口元を押さえる。
 今まで以上に感じるこの世の地獄。
 助四郎も顔色を失くして立ちすくんでいる。



 (や……山浦さまは……?)



 今まで寝かされていた中央近くの場所に視線を向ける。
 その先に山浦さまのお姿はなく、床板が大きく崩れていた。一瞬で血の気がひく。



 (うそ……!そんな……山浦さま!)



 すぐ近くで建物が崩れる音がして砲弾が降ってきた。わずかに残っていた戸障子を砕き、爆風が大書院の中に吹き込んでくる。立っていられずに倒れ込んだ。



 「さよりお嬢さま!」



 助四郎が駆けつけて手を貸してくれた。その手につかまる。またバリバリという雷のような音が聞こえ、まわりから起こる幾重もの悲鳴と重なる。

 続けざまに撃ち込まれる砲弾に濡れ布団や着物を被せる時間がない。防火用の水桶は無事で、床に燃えうつった火は何とか消しているが、大書院は混乱に陥っていた。小書院も大差ないだろう。

 もうもうと立ちこめる煙の中で、助四郎の手を頼りになんとか立ち上がる。
 ふと誰かに呼ばれた気がした。けれど次から次へと撃ち込まれる砲弾の音に掻き消され、本当に呼ばれたかも確信が持てない。
 それに山浦さまが亡くなられたかもしれないと気落ちして、反応さえも鈍っていた。



 「……―――さよりさん、さよりさん!」



 ハッとする。今度は私を呼ぶ声がはっきり耳に届いた。

 しかも、この声は――――山浦さまの声だ。



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