この空を羽ばたく鳥のように。



 「山浦さま⁉︎」



 声の主を探して視線を巡らす。すると壁際に近いところで薄縁に寝かされたままの山浦さまと、そばに寄り添う優子さんの姿を見つけた。
 とたんに安堵感が胸に広がる。



 「山浦さま!優子さん!よかった、ご無事で!」



 ホッと胸を撫で下ろしながら、ふたりのもとに駆け寄る。
 山浦さまも頬を緩めるけど、優子さんの表情は固い。



 「場所を移動されて、難を逃れておいででしたか」



 私がとなりに膝をつくなり笑顔で言うと、坂井さまに手伝ってもらい移動していたことを明かしてから、山浦さまは口早(くちばや)におっしゃった。



 「さよりさんも無事でよかった。急ぎ頼みたいことがあるのだが、優子どのを連れてすぐにここから立ち退いてくれないか」

 「えっ……」



 出し抜けに言われて戸惑う。ようやく来たばかりなのに。
 優子さんを見ると泣きそうな顔で唇を噛んでいる。
 山浦さまはそんな優子さんを横目で見遣りながら、焦りを滲ませた面持ちで続けた。



 「先ほどから言い聞かせているのだが、首を縦に振らん。ここは危険だ。今すぐどこか避難できるところへ連れて行ってほしい」

 「嫌でございます。わたくしはここを動きません」

 「駄目だ。ここにいては危ない」



 (かたく)なに拒む優子さんを、山浦さまが強い口調で諭す。
 そんなふたりを見て、脳裡を()ぎるものがあった。


 ――――このやりとりには、覚えがある。


 ああ そうだ。籠城してから五日ほどか。
 兵糧を運んだ際に、三の丸で小田山からの砲撃に応戦していた川崎尚之助さまから、妻のお八重さまを連れて行ってほしいと頼まれた。

 危険な場所から大切な人を遠ざけたいと考える川崎さまと、危険を承知でともに戦いたいと望むお八重さま。
 それがいま、目の前のふたりの姿と重なる。

 山浦さまも、優子さんを危険にさらしたくないとお考えなのだろう。そして優子さんもまた、そんな場所に山浦さまを残したまま、自分だけ安全なところへ避難したくないと思っている。

 どちらの気持ちも分かるから、どちらの望みも叶えたい。そんな思いで口を開く。



 「立ち退くなら山浦さまもご一緒にまいりましょう。助四郎をつれてきております。私共が手をお貸しいたしますから」

 「いいや、俺は動けん。足手まといだ。見捨ててくれ」

 「そんな訳にはまいりません!」



 優子さんがすぐさま口をはさむ。そのあいだにまたもや近くで砲弾が落ちる。
 雷のような轟音が鳴り響き、土煙が舞う。御殿が激しく揺れ、天井が大きな音をたてて崩れた。

 なす(すべ)もなく床に身を伏せる。今のは大きかった。

 煙が薄れて身体を起こす。幸いここまで被害は届かなかったようだ。

 あたりの様子を見てみると、落ちてきた天井に押し潰され亡くなった人が増えていた。
 動かなくなった母親にすがりつき泣き叫ぶ子供の声や、瓦礫に埋もれた血まみれの藩士の助けを求める声が耳を打つ。
 反射的に身を伏せた私や助四郎とは違い、優子さんは庇うようにして山浦さまの上に覆い被さっていた。
 煙を吸い込んで(むせ)んだ山浦さまを抱きしめたまま、優子さんは言った。



 「山浦さま。見捨てろなどとおっしゃらないでください。
 あなたさまはわたくしに“救われた”と申されました。
 姉を守ることができなかった わたくしにとって、そのお言葉は生き(ながら)えた意味を教えてくれるものでした。

 あなたさまを生かすことが生き存えた理由だとしたら、わたくしはその務めを果たさなければなりません」



 優子さんが顔をあげ、山浦さまと見つめ合う。



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