この空を羽ばたく鳥のように。



 必死の思いをまなざしにのせて優子さんは続けた。



 「山浦さまをお助けできないのであれば、わたくしは再び生きる意味を失います。ならば、山浦さまのお命がここで(つい)えるなら、わたくしはそれに従いとうございます。
 ですからどうかお願いです。見捨てろだなんて……そんな悲しいことおっしゃらないでください」

 「優子どの……」



 山浦さまにしがみつく優子さんの手は震えていた。
 優子さんだって恐ろしいに違いない。まだ十六歳の少女が怖さを隠して、必死になって動けない山浦さまを守ろうとしている。



 「山浦さま、もう城内のどこにも安全な場所などございません。でしたら山浦さまのおそばにおられたほうが、優子さんも勇気を奮い起こして耐えていけるのではないでしょうか」



 さりげなく言葉を添えると、山浦さまが私に移した視線を再び優子さんに戻す。
 「そうか……」とつぶやいて山浦さまはまぶたを閉じた。
 優子さんの目からたまらず涙が落ちて山浦さまの頬を濡らすと、目を開けた彼はまっすぐ優子さんを見つめた。

 また砲弾が落ちて屋根を壊した。思わずしがみつく優子さんの体温を肌で感じながら、山浦さまの両腕があがる。
 その腕を震える彼女の背にまわし、しっかり抱きしめた。



 「承知した……。ならば死ぬも生きるも、(とも)にまいろう」



 山浦さまのお言葉に、顔をあげた優子さんが潤んだ瞳で微笑む。また涙が一滴落ちた。
 「はい」と小さくうなずくと、山浦さまも笑みを返した。

 その姿を見てよかったと思う。
 ふたりの想いに目頭が熱くなりながら、私もそうできたらよかったのに、と羨ましくさえ思う。

 優子さんを抱きしめたまま、山浦さまが私に顔を向けて静かに告げた。



 「行ってください。我らに構わず」

 「ですが……」

 「もうよいのです。覚悟を決めました。こちらから呼びつけておいて心苦しい限りだが、さよりさんは自身の務めを果たしてください。縁あれば、またお会いしましょう」



 ――――お互い、生き残ることができたら。


 それは別れの挨拶のように思えた。
 ふたりはどのような運命でも受け入れるつもりだろう。

 もう再び(まみ)えることはできない気がした。

 けれど私を見つめて微笑むふたりの顔からは、恐れも悲しみも見受けられない。たとえここで命を終えることになろうとも、ふたりの絆はしっかり結ばれたのだ。

 切ない思いにこぼれそうになる涙を拭うと、姿勢を正して手をつかえた。



 「承知いたしました。私は自身の勤めを果たしに参ります。おふたりとも、どうかご無事で……」



 それだけ告げて、頭を下げると立ち上がった。



 しっかりしろ。私も自分ができることをやるんだ。
 まわりをよく見ろ。大書院は広い。怪我人もたくさん出ている。まわりに目を向ければ、やらなければならないことがたくさんあるはずだ。

 大書院の中を見渡す。よく見れば医師もいるし奥女中もいる。皆、砲弾で怪我をした人の手当てにあたったり、動けない者を避難させたりと必死になって働いていた。

 ふと見た人だかりのなかに助四郎がいた。助四郎はとっくに私から離れて作業に手を貸している。
 助四郎は集まっていた数人の男達とともに砲弾の着弾点から動けない傷病者を遠ざけようとしていた。
 その中に坂井源吾さまの姿があったので、名を呼んで駆け寄った。



 「坂井さま!まだここにおられたのですか!西出丸の白虎合同隊への復帰は……」

 「まだ行くことはできない!この人達を放っておけない!」



 坂井さまは必死な面持ちで言い放った。



 「昨日、上役の中村小隊長が爆発でやられた。即死だった。俺と同じ日に負傷してここに運ばれた方だ」

 「……!」

 「動けない者はなす(すべ)なくやられる。もうこれ以上、犠牲者を増やしたくない……!」



 口惜しさに顔を歪めながら負傷者を担ぐ坂井さまを痛々しく思う。そっと彼の腕に手を添えた。



 「私も同じ気持ちです。お手伝いいたします」

 「……かたじけない」



 運ばれた負傷者の荷物などを手に持ち男達についてゆく。
 男達は藩士や人足など、さまざまな身分の者が協力して手を貸していた。
 移動先は山浦さまのように建物の被害があまりない場所。建物が壊れていないのは、砲弾の威力が届いていないからだろう。

 その角を防御壁にして負傷者を横たわらせる。
 どうか動けないこの人に砲弾が届きませんように、と切に祈りながら。


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