この空を羽ばたく鳥のように。



 背後でしゃくりあげるおさきちゃんの泣き声が聞こえる。
 言葉にならない声で私を責めている。

 わかってる。本当にひどいことをした。
 けれど、こうしなければならなかった。

 そんなふうに心の中で言い訳を重ねる。


 ごめんなさい、坂井さま。
 どうしてもおさきちゃんの命を守りたかったの。
 それこそ坂井さまが望むことだと思ったから。


 泣き続けるおさきちゃんを、母君であるくら子さまの居られる部屋まで連れて行き、事情を話して彼女を託した。

 坂井さまの訃報を聞いたくら子さまも衝撃を受け、自分を責めて悲嘆に暮れる娘を支えながら涙を流した。

 死に対する感情が希薄に思えていたけど、やはり命が奪われてゆくさまを目の当たりにすると心が打ち砕かれる。
 親しい人ならなおのこと。

 次は誰?――――それは、私かもしれない。



 別れた私達は、助四郎の強い要望で長局の塹壕へ戻ることにした。

 無理もない。私が出歩いていたら助四郎もついて回らねばならない。出歩けば、それなりに砲弾に当たる確率も高くなる。さっきは運が良く助かることができたが、助四郎が身の危険を感じて臆するのも仕方ないことだった。

 ふたりで長局に戻ると、塹壕の中から嗚咽が漏れ聞こえている。嫌な予感にお互い不安な顔を見合わせた。

 泣き声が聞こえる塹壕の、上に伏せている畳の瓦礫を助四郎と一緒に急いでどかす。そして畳をずらして中を覗くと皆がそろっていて、同じように項垂(うなだ)れていた。

 母上。みどり姉さま。えつ子さま。―――そして勘吾。



 「母上、どうなされましたか⁉︎ 」

 「!……か、勘吾兄ぃ!」



 先に気づいたのは助四郎のほうだった。

 泣いていたのは母上達で、女達に囲まれてうつむく勘吾の腹は真っ赤な血で染まっていた。



 「勘吾兄ぃ……⁉︎ 嘘だろ、おい……!」



 衝撃を受けた助四郎の声が震える。
 涙を拭いながら見上げたみどり姉さまが声をかけた。



 「ふたりとも手を貸して。勘吾を外に出してあげたいの」



 勘吾は息絶えていた。一緒に塹壕に隠れていた母上の話では、そばに落ちた柘榴弾の鉄片が畳を突き抜けて、運悪く勘吾の腹に刺さったのだという。

 なす術もない、一瞬の出来事だった。

 しばらく苦しそうに息をしていた勘吾だったが、言葉と顔色を失う母上に向けて、



 「す、すいやせん、奥さま……何の役にも立てんかった」



 そう詫びながら、息を引き取ったという。



 (ああ……!)



 涙があふれる。ごめんなさい、勘吾。
 謝らなければならないのは私だ。私のほうだ。

 あなたの腕の自由を奪い、城内へ連れてきたのは源太と私。

 あの日、ほんの少しでも時間がずれていたら。
 私達は出くわすこともなかっただろうし、勘吾が死ぬこともなかったかもしれない。



 「許して助四郎。あなたのいない間に勘吾がこんなことになってしまって……。九八にも申し訳が立たないわ」



 母上やみどり姉さまが涙ながらに詫びる言葉は、助四郎の耳には届いていないようだった。



 「なんてこった……勘吾兄ぃ……!塹壕の中に隠れていても鉄片が届くんじゃ……これじゃあどこ行ったって、安全な場所なんかありゃしねぇじゃねえか!」



 助四郎の目は勘吾に釘づけになったまま、激しく動揺して泣きながら憤っていた。
 そんな彼をなだめながら、皆で勘吾の遺体を塹壕の外へと運び出し、身を整えてやると建物の陰に寝かせて(むしろ)をかけた。皆が無言だった。

 両手を合わせて冥福を祈る時間はわずかしかない。

 再び破裂音が近づいてくる。
 身の危険を感じ、皆で畳の上にさらに畳や板を重ねるなど簡単な補強をしてから、決して安全ではない塹壕の中へ再び隠れた。



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