この空を羽ばたく鳥のように。



 コォ―――ッ!



 突如、土津さまの警鐘が頭の中に響く。

 ドキッとして、思わず視線をさまよわせた。

 いきなりあたりを見回す私を訝しそうに見下ろす早苗さんは、その鳴き声に気づかなかったようだ。

 でも私の耳はその音をしっかり捉えていた。
 だって白鳥は何度も鳴いている。
 それとともに、こちらに向かって落ちてくる砲弾の音も。



 「さ、早苗さん……ここから離れて……でないと……」

 「砲弾が落ちてくるとでも?そんなことをおっしゃって、とどめを刺させないおつもり?」

 「ちが……」

 「逃げようとしてもムダですよ」



 彼女の声音はとても落ち着いていて冷ややかだ。
 うっすらと余裕すらある笑みを浮かべている。

 早苗さんは怖くないのだろうか。砲弾に当たる心配より、私を確実に殺すことを重視するというのか。
 信じられない思いだった。


 刹那、大きな音をたてて屋根を突き破り、私達の近くに砲弾が落ちてきた。

 それに気を取られ、一瞬、早苗さんの視線が()れる。
 その隙を見逃さなかった。

 脇腹を押さえていた血塗(ちまみ)れの両手を伸ばし、足を踏み込み彼女に飛びかかる。

 視線を戻した早苗さんが焦って刃を振り下ろした。
 刃は狙いをはずし、目前に迫った私の左鎖骨に突き刺さる。

 痛みに屈していられない。そんな暇はない。
 飛びかかった勢いでふたりしてどうと倒れると、そのまま早苗さんの上に覆い被さった。

 近くに着弾した砲弾は信管が発火し、炸裂した。
 耳を(ろう)する轟音が辺りに響き、爆風と鉄片が私達に降り注ぐ。身体を持っていかれるような衝撃と激痛が襲った。



 「………‼︎ 」



 辺りが静まると、私を押しのけて早苗さんが這い出した。
 私はうつ伏せのまま動けない。全身に強い痛みを感じる。

 朦朧(もうろう)とする意識のなか目だけで早苗さんを捉えると、起き上がった彼女は驚きのあまり怯えたような目で私を見つめていた。



 (よかった……)



 早苗さんは無事なようだ。もしかすると、もともとあった山のような瓦礫が壁の役割を()たして威力を弱めてくれたのかもしれない。とにかくホッとした。



 「さ、なえさん……早く、逃げて……次……が、くる」

 「……なぜ、なぜ私を庇うような真似をなさったのですか?」



 早苗さんは先ほどの冷たい表情を失い、愕然とした蒼白顔で呻いた。それに微笑で答える。



 「だって……きよみが、悲しむ、から……」

 「………!」

 「悔しい……けど、あなた、の、望んだとおり……ね」



 嘲笑が漏れた。そんな私を気味悪そうに見ていた早苗さんは、ふらつく足取りで立ちあがると、逃げるように奥御殿のほうへ走っていった。



 (それでいい……)



 砲弾はまたくる。今度は庇えない。
 動いて。逃げて。生き延びてほしい。
 同じ相手を好きになった、早苗さんには。

 ひとりきりになって、起き上がろうと試みた。けれど右の(ひじ)をついて上体を少し起こしただけで激痛が走る。足の上にも瓦礫がのっかっているようだ。足は抜けそうもない。

 けれど無理に右手を動かして、左の鎖骨に突き刺さったまま残された懐剣を(つか)む。力を振り絞り、いっきに刃を抜いた。傷口からドクドクと血が流れ出す。

 刺さったままのほうが失血を抑えられた。けれど懐剣を誰かに見られては、刃傷沙汰が表立ってしまう。

 力の限り腕を振って、懐剣を瓦礫の中へ投げた。
 懐剣は硬い音を発しながら瓦礫のあいだに消えた。
 うまく隠せた。これでいい。


 とりあえずやるだけのことはやったと思うと、安堵感から身体の力が抜けてゆく。


 ああ。坂井さまのお気持ちが、痛みが、少しだけ分かったような気がする。
 これは亡くなった坂井さまにひどい仕打ちをした罰なのかもしれない。



 (喜代美……源太……ごめんね)



 生きて帰りを待つって言ったのに。
 けしてあきらめないと誓ったのに。




 ああでもほら、肉体の縛りから魂が解放されれば、すぐ あなたのもとへ飛んで行けるわ。


 会いたい。
 会って、たくさんのことを謝りたい。

 抱きしめたい。


 薄れてゆく意識のなかでつぶやいた。



 「喜代美――――大好きよ……」







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