この空を羽ばたく鳥のように。
嘘でしょう……?刃傷沙汰を起こすなんて尋常じゃない。
そんなに殺したいと思われるほど憎まれてるのか。
それとも、これが恋に狂った女子の姿なのか。
「早苗さん……本気なの?」
「もちろんですとも!」
勢いのある言葉とは裏腹に、懐剣を持つ手はブルブルと震えている。怒りのあまりだろうか、自分をすっかり見失っているようだ。
理性を取り戻してほしくてなだめるように声をかけた。
「あなたはそんなことする娘じゃなかったでしょ。
懐剣をおさめなさい。大事になるわよ」
「お黙りなさい……!あなたが私の何をご存知だとおっしゃるの⁉︎ 何も知らないくせに‼︎ 」
「私が知らなくても、喜代美が知ってるわ。あなたがこんな振る舞いをしたと知ったら喜代美はがっかりするわよ」
喜代美の名を口にすると、早苗さんの表情がことさら険しくなった。かぶりを振りながら彼女は叫ぶ。
「うるさい……うるさいっ‼︎ だ、ま、れ――――‼︎ 」
足を踏み込むと、両腕を突き出して早苗さんが突進してきた。
その鋭い切っ先が迫っても、私の心に不思議と恐怖は沸き起こらなかった。
それどころか反対に、刃の光りを見た時から自分の肝が据わったのを感じていた。
早苗さんの渾身の突きを、私は半身をよじって難なく躱した。そのまま後ろへ下がり、彼女との距離をとる。
早苗さんは鬼のような形相で振り向くと、再び気合いを放って突進してくる。私はそれも躱した。
あきらめずに何度かそれを繰り返し、刃を振りまわすが、私には擦りもしない。
頭はなぜか冴えていて、刃の動きがよく見えた。
(竹子さまの突きに比べたら……)
竹子さまとの数々の手合わせを思い出し、もう二度と彼女と勝負できない現実に悲しみが込み上げる。
「あっ……!」
軽い足取りで刃を避ける私とは反対に、早苗さんは足がもつれて転倒した。荒い息づかいが漏れ聞こえる。
「もう終いにしましょう、早苗さん。あなたに私は殺せない」
静かに告げると、起き上がった早苗さんはふふふっと奇怪な笑声をもらした。
「たしかに。私の腕ではさよりさまを討つことは難しいようです」
「ならお願い。私達、きちんと話し合いましょう。だからその懐剣を……」
あきらめてくれたかと胸を撫で下ろし、懐剣を納めるよう言いかけたとき、立ちあがりこちらへ向き直った早苗さんが怪しく笑いながらゆっくりと自分の首に刃を当てた。
「憎いあなたを殺せないなら、私が死ぬことにします」
「 ‼︎ 」
「そうして私が死んだことを、終生悔やむがいいわ」
「……やめてっ‼︎ やめて!早苗さん‼︎ 」
止めるため、とっさに早苗さんに駆け寄った。
懐剣を奪おうと両手を伸ばす私の視界に、嬉しそうに笑う早苗さんの顔が映る。
「かかりましたわね」
小声で言うなり、早苗さんは首に当てていた懐剣をすばやく下ろして私に向けた。ハッとする。
(しまった!私を引き寄せるための罠だ……!)
気がついた時には遅かった。早苗さんが下ろした懐剣は、私の腹部めがけて突き出された。
避けようと身体をよじったけど、早苗さんの懐剣は私の右脇腹を刺し貫いた。途端に熱い痛みが走る。
「うぁっ……!」
早苗さんが無情に刃を引き抜くと、鮮血が噴き出した。
あまりの痛みに脇腹を押さえて頽れる。
心臓が大きく脈打ち、ドクドクと生温かいものが押さえた手の隙間から溢れてくる。
スカスカに擦り切れていた小袖だ。しかも袴を穿いていて帯を締めていなかったから、防御する術なくあっさり刺された。
痛恨の失態だった。
(なんてバカなの……)
流れ出る血と一緒に力が抜けてくる。早苗さんはそんな私を冷ややかに見下ろし、息を整えてから言った。
「それでは致命傷にはならないですわね。苦しまないようとどめをさしてあげましょうか」
「さ、早苗さん……」
自然息が荒くなる。痛みに耐えながら早苗さんを見つめると、彼女は目を怪しく光らせて再び懐剣を振り上げた。
「今度は心の臓を止めてさしあげます」
…………死ぬのだろうか。私はここで。こんな死に方で。
喜代美との約束も果たせぬまま。
戦いに赴いた大切な人達の帰りを待たぬまま。
皆に何も返せぬまま。
生きることを あきらめてしまうの?
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