この空を羽ばたく鳥のように。



 『旦那さま!』



 津川さまの駆け出すお姿に気づいた源太さまが、顔色を変えて追いかけやした。



 『旦那さまなりませぬ!罠かもしれぬのです!』

 『何を申すか、お前も続け!今が敵を退ける好機ぞ!』

 『いいえ、お待ちください!』



 制止も聞かず、津川さまは足を止めやせんでした。
 源太さまは何を思ったのか、駆ける足を早め津川さまの背に迫ると、持っていた槍をくるりと回転させて、



 『旦那さま!―――御免!』



 叫ぶやいなや、槍の石突(いしつき)で津川さまの背中を思いきり突き飛ばしやした。はずみで津川さまは前に突っ伏すように倒れやした。

 倒れた津川さまを追い抜いたあと、槍を突いて勢いを殺し、振り返った源太さまが津川さまに駆け寄ろうとした、その刹那。
 辺りから響き渡るたくさんの銃声が聞こえたんです。



 『……っ‼︎ 』



 血飛沫がパッとあがり、弾かれるように左右に揺れたお身体を槍で支えきれず(くずお)れてゆく源太さまのお姿に、わしの口から絶叫がほとばしりやした。



 『あ、あああ……!げ、源太さまあああ―――!!! 』



 無我夢中で飛び出しておりやした。

 やはり罠でした。白兵戦のあいだに敵は銃士を左右にめぐらせておいて、劣勢と見せかけ敵の抜刀兵が退くと、潜んでいた銃隊が十字砲火を浴びせてきたんです。

 先頭にいた武石小隊頭をはじめ、追撃に向かった山本さまや他の兵士達が銃弾をまともに喰らい、バタバタと倒れやした。

 ―――そして、源太さまも。



 『左右の茂みに敵が潜んでおる!銃隊、奴らを駆逐しろ!』

 『構え!撃て――っ!』



 味方の銃隊に号令がかかり、駆け集まった銃士達が左右の茂みに向けて一斉射撃をいたしやした。
 間髪入れず、高橋さまを含めた精鋭部隊である朱雀隊が果敢に攻め込んでいきやす。
 それに乗じて、わしも源太さまのもとに駆けつけることができやした。



 『源太さま!源太さま‼︎ しっかりしてくだせえ‼︎ 』



 上体を起こして声をかけやしたが、源太さまの鉄色の半着は、ご自身の血でてらてらと濡れておりやした。暗い青緑色の着物では分かりにくかったのですが、手を当ててみるとべったりと鮮血がつきやした。
 息はありやしたが、肩から胸へ弾が貫通し、腰にも銃弾を受けているらしく、重傷なのは明らかでした。
 源太さまは何かしゃべろうとなさいやしたが、のどが詰まっているのか咳き込むと、口からドッと血があふれやした。



 『ひっ!』



 その大量の血に恐怖を抱き、わしは身体がブルブルと震えるのを止めることができやせんでした。
 何とか持っていた手拭いで口もとの血を拭ってさしあげやすと、ヒューヒューと漏れる息にかき消されるような細い声で源太さまは訊ねやした。



 『だ……旦那さま…は……ご、無事……か』



 話すたびに口からゴボゴボと血が流れ出て、どうしたらいいのかも分かりやせん。こんな重傷、どうやって手当てしたらいいのかも分からなかったんです。



 『……ご無事です!源太さまのおかげで生きておりやすよ!』



 涙ぐみながら津川さまのほうを見ると、あちらも上体を起こして驚いた様子でこちらを凝視しておりやした。

 すんでのところで倒された津川さまは銃弾を避けており、無傷でした。起きあがったあとの光景に愕然となさっておりやしたが、『津川さま!』と わしが声の限りに呼ぶと、ヨロヨロとよろめきながら源太さまの(かたわ)らに頽れやした。

 源太さまは、津川さまのお顔を見ると、安心したように微笑みやした。



 『よ…かった…ご無事…で…』

 『源太……‼︎ 』



 源太さまの血まみれの右手を握ると、津川さまの目から大粒の涙がこぼれやした。



 『旦那、さま……。も、申し訳ございませんが……お、お仕えできるのは、ここまでのよ、ようです……どうか……お命を、た、大切に……けして、功を焦らぬよう……』



 源太さまが一生懸命 伝えようとなさるたび、血がのどに詰まって苦しそうに()せやした。



 『もうよい、何も申すな!源太……逝ってはならぬ。決してならぬぞ……!』

 『そうですよ!何を気弱なことおっしゃってんですか!源太さま死んじゃなんねえ!すぐに医者を連れてめえりやす!ですから、あきらめねぇでくだせえ!』



 わしも泣きながら(わめ)き、どうにか命を引き留めようと必死でした。こんな状態じゃあ助からない。頭では分かっておりやした。けんど受け入れることなんて到底できやせんでした。

 そんなわしに目を向けて、源太さまは震える左手をご自身の懐の中に入れ、薄茶の巾着を引き出しやした。それを首からはずそうとなさるので、その手を握ってわしは言いやした。



 『承知しておりやすよ!必ず約束は果たしやすから、ご安心くだせえ!』



 「自分が死んだら、この巾着をさよりお嬢さまに渡してほしい」



 そんな日なんか来ない。絶対にくるもんか。
 そう目をそむけた現実が、今まさに目の前にある。
 たしかにわしは、そうなった場合には、と約束しやした。

 けんど、それでも。あきらめたくない。あきらめてほしくない。

 わしは泣きながら叫びやした。



 『……ですが源太さま!さよりお嬢さまは待っておりやすよ!』



 さよりお嬢さまの名を口にすると、源太さまは閉じかけていた目を開けやした。

 その瞳は曇り空の向こうを映して―――いや、
 さよりお嬢さまの笑顔を見つめていたんでしょう。

 口もとをほころばせて、源太さまはおっしゃいやした。



 『よい…のだ。私は…罰を…受け、ねば、ならぬ…』

 『……⁉︎ 』

 『あり…が…と…、きゅう、はち』



 そのまま力が抜けるように、源太さまは瞑目されやした。震えていたお身体も、静かになりやした。

 わしは源太さまの最後の言葉がいつまでも耳に残って。



 『何が罰ですかい……!源太さまのような真っ直ぐなお方が、なんで罰を受けなきゃなんねぇんですか‼︎ 』



 そんなの、ただの思い込みだ!
 自分より身分の高い女子に、想いを寄せてしまっただけ。ただ、それだけなのに。

 だんだん腹が立ってきて、悔しくて。
 これが天罰ってんなら、神様を恨むとまで思いやした。



 『なんだってんだよ……チクショウ……!なんで…なんで……!こんなことってあるかよぉ……っ‼︎―――ああ……!わあああぁぁっ‼︎ 』



 源太さまの魂がこの身体から消えたと感じて、わしは絶望と悲しみのあまり、動かなくなった(むくろ)を抱きしめて、声の限りに泣きやした。










 ※石突(いしつき)……棒状の道具における、地面に突き立てる部位。


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