この空を羽ばたく鳥のように。



 目を覚ましたことに気づいて、主水(もんど)叔父さまが近寄ってくる。私に(かぶ)せていた(みの)をずらすと、こちらをのぞき見た。見つめ合い、しばし気まずい空気が漂う。



 「(ほお)は痛むか」



 静かな目で私を見つめ、主水叔父さまは訊ねた。



 「……はい」

 「そうか。だがこれで目が覚めただろう。いかに貧しい暮らしと言えど、妾奉公に身を落とすなぞ、武門(ぶもん)(けが)すような真似は決して許さぬ」

 「はい。まこと申し訳ございませんでした……」



 厳しい姿勢を崩さない叔父さまに、やりとりを聞いていた九八が向き直り、私を(かば)うように口をはさむ。



 「旦那さま。さよりお嬢さまは、ご家族の皆さまに滋養のあるものを食べさせたくて、身を捧げようとなすったんじゃねぇんですかい。
 食料不足で、昨年に瀬兵衛さまの奥さまを病で亡くし、おなをさまは身籠(みごも)ってらっしゃるから、(なお)のこと滋養が必要でしょう。
 家族を思うからこそなんです。そうでなかったら、(みずか)ら進んで身を売るはずがごぜぇやせん」



 母上は昨年の夏、病に(かか)り、あっという間に亡くなられた。滋養のあるものを食べさせることも、医者に診てもらうこともできず、何もしてあげられなかった。

 “なを”さまは、斗南に移ってから主水叔父さまが家長となって迎えた奥さまで、現在懐妊中の大切な時期。

 そして何よりも一番深刻な問題は、青森県に統合されたことで県から出された斗南人への布告だった。
 斗南藩時代から減らされ続けてきた扶助米が、今年の三月でついに打ち止めになる。斗南ヶ丘などの開拓は中止され、各自農工商などを家業とし、生計を立てるべしとのことだった。
 これからは何の救済もない。すべて自活で賄っていかなければならないのだ。

 これ以上、家族から犠牲を出したくない。
 その思いはみな一緒。
 だからこその九八の熱心な言葉に、私の胸も熱くなる。信じてくれることが何よりも嬉しかった。

 けれど叔父さまは、苦虫を噛み潰したような顔で返した。



 「わかっておる。義姉上(あねうえ)が亡くなられたは、すべてわしの不徳の致すところよ。だが、いかに家族のためとは申せ、それを知った家族は、はたして喜ぶであろうか」



 ハッとした。考えるまでもない。
 私はなんて馬鹿なの。さっき、叔父さま達三人が話していたばかりではないの。

 それを知ったら、家族はきっと悲しむ。

 何も知らずに私が持ち帰る手土産を喜び、それを待ち望んでいた自分を恥じ、私にそんなことをさせてしまった後悔でいっぱいになるに違いない。



 「叔父さまのおっしゃる通りです……。私は叔父さま達だけでなく、家族にかけなくてもよい悲しみや苦しみを与えてしまうところでした」



 金吾さまも歩み寄り、言葉強めにおっしゃった。



 「さよりどの。我らもご家族の方がたもみな、さよりどのの幸せを願っておるのです。
 そしてそれは、喜代美も八郎も、そして源太も一番に望むことであったはず。その事を終生忘れずに、御身を大切になされよ」



 一番近くで八郎さまや喜代美を見つめ、彼らの想いを深く知る金吾さまにとって、こんな私は見たくないとの非難が込められているのだろう。



 「金吾さま……申し訳ございませんでした。肝に銘じます」



 言葉を噛みしめ、心から反省して詫びる。
 金吾さまはうなずいて、(かす)かに微笑(ほほえ)まれた。
 主水叔父さまもうなずく。



 「何でもひとりで背負おうとするでない。家長はわしぞ。家族の暮らしは、わしが何とかする。けして無茶はするな」

 「……はい」



 ふたりに諭され、うなだれるしかなかった。

 皆が私のことを心配してくれ、助けに駆けつけてくれた。
 それをありがたく思い、迷惑をかけたことを本当に申し訳なく思った。
 そして、流されるまま身を任せてしまおうとした、自分の心の弱さを悔いた。

 みんなは―――会津人は、苦境に立たされてもなお、抗う精神を持ち続けているというのに。


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