月は紅、空は紫
 イシヅキの答えに、少し清空は面喰った。
 鎌鼬とは、文字通りに『イタチ』が変化した妖である、という風に伝えられている。
 なので、鼻は良かろうとは思うのだが――まさか、匂いを辿って清空の家を突き止めるとは思いもよらなかったのである。
 自分の身体はそれほどまでに臭うのか、と思わず着物の袖を嗅いでしまった。

「それほど――臭うか?」

 イシヅキの態度を見るに、恐らく嘘は吐いていないであろう。
 清空の質問に、疑問を感じている様子も見えなかったし、疑問を答えるのに些かの躊躇もしていなかった。
 ならば、イシヅキは本当に清空の匂いを辿って、この『あばら長屋』までやって来たのであろう。

 風呂にはあまり通ってはいないが、きちんと寝起きの行水はしている。
 体臭はそれほど強くは無いと思うのだが――イシヅキの言っている事が本当ならば、これからは半月に一度の銭湯通いを二度に増やすべきか――そんな事を思いながらイシヅキの返答を待つ。

「いえ、歳平様の匂いというよりも――薬です。薬の匂いを辿ってこちらまで辿り着いたのです」

 確かに、清空は医者である。薬の匂いならば他の人間と比べれば染み付いているだろう――が、京の町にはそれなりの数の診療所や薬屋がある。
 それに、清空とイシヅキが出会った桂川のほとりから、八条にある『あばら長屋』までの間だけに限ってみても――それらは他にも存在する。

「薬の匂いといっても……京の町には他にも医者は居るだろう? どうしてここに私が居ると……他の医者にも会ったのか?」

 思った疑問をそのままに口にする。
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