月は紅、空は紫
清空より返ってきた疑問に、イシヅキは鋭い視線を引き締めた。
怪しい様子という感じではない、しかし、何かの決意をした表情のように清空には見て取れた。
「いえ、他の医者からは――決して匂うことはありません」
イシヅキはそう言い切った。
だが、清空にはその自身の根拠が分からない。
清空は町医者である。往診が普通であるこの時代にあって、診療所に患者が通ってくるという形式を取っている珍しい医者ではあるが――それ以外は他の医者と変わらないはずである。
鍼灸を行ったり、按摩をしたり、薬が必要な者にはその症状に応じた薬を処方する。
清空が処方する薬は、他の医者が使っているものと何ら変わらない。
この時代の医師というものは、隋や唐の時代に大陸から伝わってきた東洋医学を中心としていた。
室町時代までに明から日本へと流入した李朱医学が混じり、それから江戸時代に入り、日本が鎖国をしたことによって独自の発展を遂げることになる。
江戸後期に入れば、オランダより入って来る西洋医学の影響を受けることになるのだが、それはこれよりももう少し後の時代となる。
ともあれ、清空も東洋医学を主体として患者を診ているわけであり、使用している薬も葛根、麻黄、大棗、生姜、桂枝、芍薬、甘草などといったごくありふれたものである。
イシヅキの言うような、特別な匂いなどはないはずである。
イシヅキも、清空の表情から清空の言いたいことが伝わったのであろうか。
付け加えるように――口を重そうに開いた。
「歳平様より漂っていたのは――我ら鎌鼬の使う薬である『異狸薬(えりくす)』の匂いでございます」
戸の外から、風が強く吹く音が聞こえた。
その風に反応するような犬の遠吠えの声も静かな夜に響き渡る――。
怪しい様子という感じではない、しかし、何かの決意をした表情のように清空には見て取れた。
「いえ、他の医者からは――決して匂うことはありません」
イシヅキはそう言い切った。
だが、清空にはその自身の根拠が分からない。
清空は町医者である。往診が普通であるこの時代にあって、診療所に患者が通ってくるという形式を取っている珍しい医者ではあるが――それ以外は他の医者と変わらないはずである。
鍼灸を行ったり、按摩をしたり、薬が必要な者にはその症状に応じた薬を処方する。
清空が処方する薬は、他の医者が使っているものと何ら変わらない。
この時代の医師というものは、隋や唐の時代に大陸から伝わってきた東洋医学を中心としていた。
室町時代までに明から日本へと流入した李朱医学が混じり、それから江戸時代に入り、日本が鎖国をしたことによって独自の発展を遂げることになる。
江戸後期に入れば、オランダより入って来る西洋医学の影響を受けることになるのだが、それはこれよりももう少し後の時代となる。
ともあれ、清空も東洋医学を主体として患者を診ているわけであり、使用している薬も葛根、麻黄、大棗、生姜、桂枝、芍薬、甘草などといったごくありふれたものである。
イシヅキの言うような、特別な匂いなどはないはずである。
イシヅキも、清空の表情から清空の言いたいことが伝わったのであろうか。
付け加えるように――口を重そうに開いた。
「歳平様より漂っていたのは――我ら鎌鼬の使う薬である『異狸薬(えりくす)』の匂いでございます」
戸の外から、風が強く吹く音が聞こえた。
その風に反応するような犬の遠吠えの声も静かな夜に響き渡る――。