月は紅、空は紫
 小森には、『あやつ』が誰のことなのかすぐに察しが付いた。
 さりとて、その当該人物を呼び出すには回り道をせねばならない。

 いや、回り道どころではない。
 この但馬屋から見れば、当該人物の住む場所と死体がある現場の桂川は逆方向なのだ。
 死体はまだ川辺に置いたままなのだ、それほどノンビリとしている場合でもない。

 そんな事情もあることだし、自分はこれから急いで中村を現場まで連れて行かねばならない。
 だが、中村の言うように、自分も検分してきた死体が他殺体でることは明確である。他殺体であるということは、下手人を探して捕らえないといけないのだ。
 これからの捜査を円滑に行う為には、中村と同時に死因を判断する検察医のような役割を果たしてくれるであろう当該人物を呼び出しておく事は必須である。

 しかし、自分も職務を果たすためには中村を案内せねばならず――小森が思案に暮れそうになった瞬間、但馬屋の店先に一人の人物が居る事に気が付いた。
 この但馬屋の主人の娘であるその人物は、振袖を着て、朱色の鞠を突きながら遊んでいる。

 小森はハタと思い付いた――この少女に『あやつ』を連れて来てもらえば良いではないか、と。
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