月は紅、空は紫
痛みで真っ白になった視界が戻って来ても、仁左衛門の目に映るのは紅い月明かりに照らされた薄暗い闇ばかりである。
 少しでも視界を確保する為に、仁左衛門は苦痛を堪えながら転んだ時に落としてしまったらしい提灯を探した。
 キョロキョロと首を動かすと、提灯は仁左衛門から一尺ほど離れた場所に落ちている。

 仁左衛門は痛みを我慢しながらそれを拾おうと手を伸ばした。
 どうにも、かなり酷く転んでしまったらしい。
 先ほどのヌルッとした感触は、自分の右膝の辺りに傷があるということだろうか。
 既に、彼の脚には痛み以外の感覚は無かった。

(ツイてねえなあ……)

 今夜のところは、何としてでも道場まで帰り着き、明日の朝イチで医者にでも行くか――と、自分の不運を恨みつつ、仁左衛門が提灯を拾ってから立ち上がろうとした瞬間――異変に気が付いた。

 痛みを我慢しつつ、仁左衛門は服に付いた土埃を払い、右手には壊れかけた提灯を持ち、残った左手で地に手を着いて肩膝を立てた姿勢になって起き上がろうとした。

「うがっ!!――」

 しかし、バランスは上手く取れず、起き上がる代わりに――仁左衛門は再び襲ってきた激痛に耐えかねて、もう一度地面に倒れこむ形となった。
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