月は紅、空は紫
 左手と右膝に力を込めてから立ち上がる、そんな子供にでも出来るような動作を取ろうとしたのだが、仁左衛門が右膝に力を込める前に耐え難いほどの激痛が全身を支配し、その痛みは仁左衛門からバランス感覚というものを奪ってしまう。
 受け身を取ることも敵わず、仁左衛門は無様に右肩からバタンと着地した。

 周囲に薄茶色の土埃を巻き上げながら、仁左衛門は今度は倒れながらも意識を保つ事に成功する。
 上半身を起こしながら、今回は離さなかった右手の提灯を痛みの発生源である右膝に近付けて、自分の怪我の状態を把握する事に努めようとした――。

「――ひぃっ!!」

 痛みの元を確認した瞬間に、仁左衛門は小さく、女のような悲鳴を上げた。
 提灯の小さな灯りを頼りにして、両の眼で確かめた仁左衛門の傷の大きさは――右膝から下がポッカリと無くなってしまっていた。

 痛みと、不可思議な恐怖で引き攣る仁左衛門の頬を、大堰川のほとりを走る生温い風が吹きつける。
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