月は紅、空は紫
 時間より考えると、女はずっと川辺を歩いて下って来たのだろうか。
 こんな朝っぱらから、壷を抱えて川辺を歩くような用事など金造には思い付か
ないのだが。
 それにしても――先ほども思ったのだが、実に美人である。

 美醜の感覚というものは、時代によって変わると云われるが――実際には時代
を超越した美しさというものは存在している。
 金造が見ているこの女も、瓜ざね顔に長い黒髪、切れ長の眼が美しいとされる
この時代の基準からは外れている――が、それとは関係無い程に美しかった。
 思わず見とれてしまう程のその美しさは『ひょっとしてこの女はこの世のものではないかもしれない』と金造に思わせた。

 素焼きの壷のようなものを両手に抱えて、はっきりとしない足取りで歩く姿が一層のこと金造にそんな印象を与えるのだ。
 美しいその顔も、惹き込まれるがままによくよく見ていると――何やら上の空で自分を見失っているように見える。

 見ているうちに、何とも言えない胸騒ぎを覚えた金造は、思い切って美女に声を掛けてみることにしたわけである。
< 93 / 190 >

この作品をシェア

pagetop