水月夜
自分の心に傷をつけないためには、声をかけないほうがいいと思う。


しゃべりたい思いを心の中にとどまらせて口をつぐんだ。


そのとき、後方のドアからひとりの生徒が現れ、顔を覗かせた。


顔を覗かせる姿に少し驚くが、見覚えのある人物だったので胸を撫でおろした。


あたりを見まわすその人物は、間違いなく緒方先輩だ。


もしかして直美を探しているのかな。


連絡先交換したって直美が言っていたし、もっと直美と仲よくなりたいと思っているのかも。


持ってきたものすべてをカバンに入れて肩にかけ、緒方先輩のいる後方のドアに向かった。


直美の存在に気づいてないみたいだから、教えてあげよう。


「先輩、直美ならいますよ」


まだ無愛想でスマホをいじっている直美にバレないように小声で先輩に話しかける。


本当ならそう言ったあとそのまま通りすぎようと思った。


しかし、通りすぎることができなかった。


だって、話しかけた直後に先輩に手首をギュッと掴まれたから。
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