ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
 私は声にならない声を上げる。 何度か言葉が喉もとまでやって来たけれど、結局出てこなかった。あきらめて、耳まで熱くなった顔をこくんと縦に振る。

 颯馬さんは満足げに口もとを綻ばせると、ソファーの背もたれにあったふたり分のコートを手に取り、歩き出した。

 普段なら「ちょっと待ってください」と抗っていたかもしれないが、今はそれどころではなかった。

 さっきのって……。

 唇に微かに残る熱。戸惑いながらも思い出せば、途端に羞恥の念が全身に漲った。

 たしかに、先ほどまでの緊張はどこかに吹き飛んでしまった。とてもじゃないけれど、他のことなど考えられそうにない。だがそれ以上に、収集の見込みのない混乱で私の脳内はパンク寸前だった。

 私たちの関係は偽物なはずなのに、どうしてキスなんか……。もしかして、これも昨夜やったような練習?

 颯馬さんのことが余計にわからなくなる。

 少し骨ばったゴツゴツとした大きな手は、エレベーターの中でも離れない。私の鼓動は痛いほどに高鳴っていた。

『これで、俺のことなら考えられるかな』

 私は見事、彼の術中にはまった。
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